森博嗣、スカイ・クロラシリーズ考察(7)クサナギとカンナミ
ここでは、クサナギ/カンナミの関係性について掘り下げてみる。
・クサナギ=カンナミ。
・カンナミはクサナギの中に生まれた別人格。
・カンナミはキルドレの特性を背景に、少しずつクサナギの中に生まれ始めていた(ダウン・ツ・ヘブン)。
・カンナミの人格は徐々にクサナギの中で大きく占めていった(クレィドゥ・ザ・スカイ)。
・クサナギがクリタを殺害したことにより、カンナミの人格がクサナギの中で確立した(クレィドウ/エピローグ)。
・カンナミの人格が主人格のクサナギを抹消し、カンナミが主人格となる(スカイ・クロラ)。
・治療を経てカンナミは消え(灰”アッシュ”になり)、クサナギだけの人格に戻る(スカイ・イクリプス/スカイ・アッシュ)。
・2つの人格が存在している間、クサナギは自分の中の別人格であるカンナミを認識している。(スカイ・クロラ以前は認識があいまいだが、スカイ・クロラでは完全にカンナミは自分の別人格だとわかっている)
・2つの人格が存在している間、カンナミは元の主人格であるクサナギを認識していない。完全に自分とは別の人間だと認識している。
この前提で読むと、『スカイ・クロラ』のクサナギの言葉は全く違った意味を持って聞こえてくるのではないだろうか。
例えばこの箇所だ。
「いつ自分は死ぬと思う?」草薙が突然聞いた。
僕はぼんやりとしていて、咄嗟に質問の意味がわからなかった。
「ごめん、失礼だったかな」彼女は微笑んだ。「いえ、でもね、全然真面目な質問なんだ。とんでもなくシリアスでシビアで」
僕は頷く。
「つまり……、いつ死ぬことに決めている?」そう言いながら、草薙は唇を噛み、小さく首をふった。「違うな、えっと……」瞳を上へ向けてため息をつく。「そうじゃなくて、なんていうの、いつなのかって、それを決めようと思ったことはない? だって、そうじゃないと、このままずるずると、私たち……」
引用:森博嗣(2004年)『スカイ・クロラ』中央公論新社
クサナギはカンナミを自己の別人格と認識した上で、どちらかの人格に絞ろうと考えていると読み取れる。元々自殺願望のあったクサナギは(だからこそカンナミが生まれたともいえる)、カンナミに自分を殺すよう勧めていく。
そして『スカイ・クロラ』の最後でカンナミはクサナギを射殺し、クサナギ人格は消えた。この“射殺”はシンボリックな意味で使われているだけで、書かれている通り心臓に穴が開いたわけではない。なぜならその後クサナギは、(精神面での)治療によりクサナギ人格へと戻っているからだ。
心臓に穴が開いては、さすがにキルドレでも生き残れない。銃を使って自殺未遂は現実に起きたことなのだろうが、実際に「左胸に穴」が開いたのではない。
ここでも大切なのは、(クサナギの)主観と(この世界での)現実がイコールではないということだ。クサナギとカンナミが見た現実と、カイやササクラが見た現実は確実に異なる。これはこのシリーズテーマの一つでもあると思う。自分にとっての現実と、他者にとっての現実は異なる、ということだ。