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森博嗣、スカイ・クロラシリーズ考察(9)カンナミの誕生

カンナミが生まれた背景を考察してみる。

理由としては下記の4点に要約できるだろう。
1.キルドレは普通の人間よりも自己認識があいまいなため、多重な人格が生まれやすい精神的土台があった。
2.妊娠・出産という大人の経験をし、子供(キルドレ)である自分との整合性が取れなくなった。
3.クリタを殺害したことにより、自己逃避・自殺願望が加速した。
4.クサナギ自身が、精神的に大人になることを選んだ。

僕はこの4の理由が重要だと思っている。シリーズの時系列的には2番目にくる『ダウン・ツ・ヘブン』で、クサナギはティーチャと市街戦を行うことになる。文字通り生死をかけて戦いに挑んだのにもかかわらず、結果は空砲による非殺傷の戦闘だった。そんな大人の茶番に巻き込まれたクサナギは猛烈に怒る。しかしカイの言葉を聞き、サナギは現実を受け入れることを選んだ。

『ダウン・ツ・ヘブン』のエピローグでは、このようにある。

馬鹿馬鹿しい、なにもかも……、と一人の草薙が言った。
もう一人の草薙は、ため息をついた。
もう一人の草薙は、明日のことを考えていた。
明日の空を……。

引用:森博嗣(2006年)『ダウン・ツ・ヘブン』中央公論新社

これはクサナギ人格とカンナミ人格の態度を描いているのだと僕は思う。
1行目はクサナギとカンナミの同意見。
2行目はクサナギ。
3・4行目はカンナミ。
ここでクサナギ人格は現実を受け入れ、指揮官としての道を歩み始める。つまり汚いことも理不尽なことも受け入れる大人になることを選んだのだ。一方で子供のままの純粋なパイロットであり続けるために、カンナミがその存在を大きくさせていくことになる。

このカイとの会話の直後、クサナギはササクラとハイタッチする。ここは僕の気に入りの場面の一つなのだが、この瞬間、クサナギはヘブン(大人の世界)へダウン(落ちた)のだと思う。

ちなみにカンナミが女子ではなく男子であったことにも、大きな理由があると思う。それは男性ならば妊娠・出産をしないからだ。ティーチャとの子供を身ごもったことは、クサナギにとって全くの想定外で必要のないことだった。そしてそれは同時にクサナギに苦悩をもたらした。二度とそんな経験をしなくてもよいように、別人格は男性になったのだと推測する。