カンボジアに来て1年半。 「若いうちはがむしゃらに目の前のこと必死に頑張らなきゃいけない」 そんなことを胸にとにかく後先考えずに夢中になって頑張ってきた。 その中でやってきてやり切ったこと、やり切れなかったことがある。 夢中になれば、視野が狭くなり周りと温度差を感じて、いっぱいいっぱいになって近くにある大切なものが見えなくなってしまう。 成果や結果で周りの人に評価してもらえる世界に自分はなんとかしがみついて結果を出そうとしていた。 その結果、僕は今まで過程を見てく
夏目漱石の『こころ』 今を生きる「わたし」が過去を生きる「先生」との出会いから物語が始まる。 「先生」が大きな暗い影を背負いながらも生きていかなければいけなくなった過去。 人から裏切られた過去から人を疑うことが当たり前になり世の中の全ての人間に疑心の目を向ける生き方。 何も知らずに「先生」を理解しようと努める「わたし」 その間に図らずして生まれるこころのすれ違い。それがすごく切なく、もどかしい気持ちになる。 最後に「先生」が「わたし」に綴った過去。 それは人間が恋をして
この世界で1人の人間として生きていく上で誰もが経験する『愛』 愛を知るということは、『わたし』を中心的に生きていた人生から『わたしたち』という主語に変え、他者を愛することで自立することである。 これまであらゆる場面で人との出会いによって生まれた関係。それは自分が決断して勇気を出して選択してきた上に成り立っている。 誰かが準備してくれたり、手を差し伸べてくれるのを待っていては何も生まれない。 運命とは自らの力で作り上げるもの。 運命と言えるだけの関係を築き上げるには、わ
サウナの中で瞑想していると小学校の頃猛暑の中、毎日ボールを持ってグランドに練習しに行っていた日々をふと思い出した。 今までサッカーしかしてこなかった。 自分はテクニックもないしセンスもないと言われ続けて、それでも誰よりも負けたくない気持ちでひたすら練習していた。 その結果、レギュラーになれたし試合でもチームのために貢献できる自分になった。 今の自分はただボールを追いかけていたあの頃の自分とは少し違う。 カンボジア来て牛タン屋さんをオープンしてどうやったらお店が繁盛す
コピーライター佐々木圭一さんの本を読んだ。 ここ最近、知り合いの方から自分の発信している言葉は、「人の繋がり」とか「縁」、「愛」とか言葉にバリエーションがない分同じ言葉を使いすぎていて、嘘くさく感じてしまうと言われたことがあった。 自分が思っている事をそのまま既存の言葉で伝えていたと言うのが正直なところ。 自分が書きたい事を書いていたつもりだったけど、周りの人の言葉の受け取り方を初めて聞いて、その伝わり方のギャップに少し落ち込んだ。 嘘くさいと思われてしまう原因として
サッカーは平等 サッカーはボール一つあれば、どんな人とでも仲良くなることができる。 これは小さい時から教えてもらった事だった。 カンボジアに来て、プロサッカー選手の方とボールを蹴れる機会をいただき、改めてサッカーの本質の部分を経験した。 プロサッカー選手と僕が一つのチームとしてサッカーをやる時、どんな経歴があったかとか年齢とか全く関係ない。 サッカーはフィールドに立てば、全てがフェアになる。 同じフィールドに立ったら一人のプレイヤーとなる。 そしてそのプレイヤーが集い、
望遠鏡で覗く世界 満天の星空。 ペルセウス座流星群が来ていて 星空を眺めていると何回か流れ星を見た。 願い事を星に託して宇宙の広さと自分のちっぽけさを感じた。 忙しい忙しいと目の前のことだけに熱中してはいないだろうか。 辛いことや嫌なことだけ目に入ってきてそばにある優しさや暖かさを見落としていないだろか。 望遠鏡で覗く星はとても近く鮮明に見える。 でも、その一点の輝きしか目に入らなくなり、周りにある無数の小さな輝きを無かったことにしてしまう。 星を見て黄昏るのは地球
生きること お盆を迎えた。 故人の霊魂(たましい)が あの世と呼ばれている浄土からこの世(現世)に戻ってこられる期間。 祖先や故人の霊が戻ってきて再会をする大切な日。 人が死ぬと言うことは年齢順でもなくてタイミングも誰も選ぶことができない。 一つわかっていることはみんないつか死んでしまうこと。 先人たちはどんな人生を歩んだのだろうか。 そんな話をお盆には自分と向き合ってどう生きていくのかを自問自答する。 戻れない過去を思い出して語る。 今がどれだけ充実して幸せ
僕には『農業』というキーワードがある。 ゲド戦記は命と本当の自分と向き合う葛藤が描かれている。 どうしても農業が出てくるとその観点を絡めてみてしまう。 感じたこと、心動かされたことを書き連ねたい。 農業の可能性はひとつじゃない。 野菜を育てるのが農業。 これはほんの一部の表面的な意味だと思った。 笑ったり泣いたり人の生活の一部にあること。 これが意味することは生きると言うこと。 もっとたくさんの意味がある。 生まれて、死ぬこと。 野菜たちも芽が出て命を輝かせて次
あんちゃんfarmを始めて2年目、僕はカンボジアに行く事を決めた。 あんちゃんfarmのおかげで農業に出会い、今では自分の好きな事だと言えるまでのものになった。 『自分の軸は農業』 野菜を育てて、野菜の成長過程を見ることやいろんな人に食べてもらう喜び、そこから生まれる人との繋がりなどたくさんのことを教えてもらっている。 ここまであんちゃんfarmを形に出来たのは一緒に作り上げた小学校からの幼なじみ、詠貴をはじめとする応援してくれる友達、いろんな大人の方との出会いがある。
令和2年3月31日付で農協職員としての仕事を退職した。 辞める決意に至った大きなものとして ・自分の本当に好きなことに対して素直に楽しむ生き方をしたい。 ・自分の好きなこととして『農業』と出会ったこと。 ・自分の一度きりの人生、何か大きなことを成し遂げたい。 いろんな人との巡り合いの中、ヒントをもらっては悩むことを繰り返していくうちに自分の中にある変わらない熱いものが自分がやりたいことなんだと気づいた。 小さい頃から友達と外で用水路のどじょうを捕まえたり、河川敷にクワガ
芭蕉が弟子の河合曾良を伴い、元禄2年3月27日(1689年5月16日)に江戸を立ち東北、北陸を巡り岐阜の大垣まで旅した紀行文『おくのほそ道』が特に有名。 なぜ松尾芭蕉は旅をしようと決めたのか、それは西行という方の存在があり旅をして歌を詠むのことに興味を持ったからだと聞いた。 芭蕉は自分だけのオリジナルの短歌を作ることと、西行さんへの憧れをきっかけに奥の細道のみちのく三千里の旅に出たという。 江戸から出て、東北、北陸を経て岐阜の大垣まで約4ヶ月という期間で旅をした。 旅
ここでは、『NFC KUMAE での挑戦の仕方』を説明したいと思います。 挑戦してみたい、一歩踏み出してみたい人 ここからあなたの新しい物語が始まる。 https://www.facebook.com/groups/274680547000866/?ref=share (NFC KUMAE が目指すもの)このチームに入ったプレイヤーが主役。それぞれが自分の個性を生かして本気でやりたいことや好きなことに挑戦できるコミュニティ。そして仲間と共に挑戦の連鎖を生み続けること
僕が初めてカンボジアに行ったのは大学4年の夏。人生で初めての海外がカンボジアになった🇰🇭 飛行機の予約から乗り換え、そして現地でのトゥクトゥクドライバーに行きたい場所を伝えること全てが緊張の嵐だった。 そもそもこんな思いをしてでも行きたいと思ったのはカンボジアに会ってみたい人ができたから。 カンボジアに行くきっかけをくれた人。 全てはこの人を知ってしまったため。 普段はあまり見なかった情熱大陸。ふとテレビに録画されているものをたまたま見て、その行動力やカンボジアの現
あんちゃんfarmにピザ窯を作った。新鮮な取れたて野菜を使い、畑の真ん中でピザを焼く。そこには、近所の人からいろんな人たちが集まる。 ピザ窯作り手順 ①コンクリートで基礎を作る。めちゃくちゃ水平にしないといけない。ここが最後の完成度を高める。 ②ピザ窯の基礎をブロックで高さを作る。常に水平を保つことが大切。 ③耐火煉瓦を積み重ねて行く。積み重ね方は以下の図。 ④耐火煉瓦平板を乗せる。ここでピザを焼く。この平板が高いし、あんまり売ってないからAmazonで買った。
実はあんちゃんfarmの他に今年からさくらんぼも挑戦している付録大好き将伍です。 さくらんぼは剪定一つで木にその人の性格が生きると言われてるくらい、一つ一つの作業が奥深い。 何も知識もない自分だけど前にさくらんぼを作っていた人の思いを聞き、何か行動したい。そしていつかこのさくらんぼを美味しいと楽しみにしてくれていた人にもう一度食べてもらいたいと思った。 今のさくらんぼの現状として後継者が少なく、何年もかけて育てたさくらんぼの木が惜しまれながら切り倒されていく。 人の思