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「死にたい」の因数分解/1111日記
歩道橋の泥まみれの欄干に、しねと落書きがあった。同じ街にいるだれか。内側でぎらぎらと殺意が光るだれか。
これを見た時、ハッと胸がすくような、苦いような、嬉しいような気持ちになった。わたしは独りじゃないと思えたから。
相変わらず雨が降っている。 雨はわたしの存在を肯定して同時に否定する、から、救われる。
自分の視線も、他人の視線もおそろしい。上手く呼吸ができなくなる。視界が白む。こんな私を見ないで ゆるして そんな目で見ないで、と 心の中で思う。わたしの臆病な透視術を、雨は遮る。 向こうの人も街路樹も、信号も、ぼんやりと雨に溶けて半透明になる。
このまま雨に溶けて、半透明になれたら。
『はるならい』を読んだ。古風で寒々しいアパートの屋上に白い洗濯物が連なり、観葉植物があって、ベンチに座っているふたりは言葉も交わさずにただ隣にいる、という表紙の小説。視線だけのコミュニケーション。ふたりだけの暗号。眼差しの温度は仄かにあたたかくて、まるで陽だまりの最中のようだった。
家族の1人と縁を切った。「全部虚言でしょ、治した方がいいよ。」と言われて、途端深海のような、とても深いところに落ちた。全部虚言だったらどれほどよかったか。あなたはわたしの太腿の傷跡だって見ていたのに。でも、あの人の中では真実だったから否定する権利はわたしにはない。 あー、人生って案外簡単に狂っていくんだなあ
SNSのニュースやゴシップを見てると、薄めすぎたカルピスみたいに自我が薄まってだめになる。わたしの厭世割り、みたいな 暗くなる。
眠れない!
早朝、溜めていた可燃ごみのひとつを捨てて、散歩に出た。情緒不安定だった時期によく聴いていた神聖かまってちゃんの「夕方のピアノ」を聴きながら歩く。
パン屋の店頭にあるクリスマスツリー。賛美歌のフィルター越しに浄化されてみえる街。雪はまだ降らない。あったか〜いのロイヤルミルクティーとハムエッグトーストを買う。
開店まで数分時間があって、ぼんやりと佇みながら、魂とは体温を指すのではないかとふと思う。
中華料理屋の店頭に置かれている招き猫。ドラッグストアの看板の赤色。毒々しくて、徹夜の目に染みる。
「お願いします」
「袋はいらないです」
「ありがとうございます」
嗄れた声。
もし私が本を書くなら、眠れない夜に、眠れないふたりがチャイを飲む話がいい。チューブ入りの生姜とシナモンが効いてかすかに舌が痺れる、それでいて胸焼けするくらいの甘いものを。
集団登校。ジャージを着た高校生。初心者マーク。赤い屋根の家の前で、友達を待っている小学生。素麺の空き箱。暴言。人、人、人。
日の当たらない自室に帰る。
生ものの愛情を、inゼリーのように補給する。次々と消費する。すぐに枯渇してからからになる。 でも、これこそが生きる原動力なのかもしれない。
死にたくて、冷や汗をだらだらかきながら部屋の隅で布団を被る。1ヶ月以上部屋を片付けていない。コンビニの袋からプラスチックのゴミが溢れて、床に溜まっている。割り箸が無遠慮に刺さっている。ストゼロの空き缶が数本転がっている。
心の中にすら居場所がない。羊水は私を拒絶して、サナギのまま傷ついている。
蛾の卵みたいにひしめき合う、蠢く、群れる街の灯り
「7回繰り返す 1ヶ月生き延びる」
「I was born.なんて、こんなに無責任で穢らわしい、許せない」
いつかの日記
「しにたい」の因数分解なんて無意味だとわかっているのに今日も