【小説】『フロム52! 』 - 小説家・悦人(1章・第3夜)
「ぱっ、ぽっ、ぱっ……ぺーん! えー、時刻は12時をまわりました、東京・三鷹市の自宅をキーステーションに、Instagramで配信中! 鯨津 瓜(ときつ・うり)の『フロム52! 』。今回のゲストは、小説家の雲仙 悦人(うんぜん・えつと)でーす! 」
「初めまして、悦人です」
悦人(通称、エツ)は小説家だ。これまでに3冊の本を販売しており、どれらもがそこそこの売り上げを出している。WEBライターとしても活動しており、ケイが仕事をしているWEBメディアでも連載を担当している。
「ついに来ましたねぇ、エツ氏。いやぁ、先生には色々とお世話になっておりますよ」
ケイはわかりやすく、エツにゴマをする動きをした。
「その説はこちらこそ。次回の連載の原稿、遅れちゃっててすいませんね」
エツの連載は、ケイのメディアの人気連載の1つだ。決してエツは筆が遅いタイプではないものの、スケジュール管理が苦手らしく、納品が遅れがちでよく編集部をざわつかせている。そんなエツに気持ちよく文章を書いてもらうために、執筆へのモチベーションを上げさせるのもケイの大事な仕事だ。
「いやぁケイさん、フロム52! 今週もはじまりましたね」
「あれ、なんか進行し始めたね。初登場なのにメインパーソナリティばりの慣れっぷりだね」
「突然ですけどこの前ね、前作の編集者と飲みに行ったんですよ」
「え、もしかしてエツ、急にフリト始めようとしてない? 」
「どこで飲んだと思います? なんとね、六本木」
「意外。似合わないなぁ、エツが六本木なんて……。というか、自己紹介もそこらに、何の話よ急に」
「なんでも、編集者の知り合いがお店を開いたらしくて」
「ふむふむ、もうあれね、止めてもきかないのね。走り始めちゃったのね」
「まぁその場はね、美味しいご飯を食べて、日本酒もちょっと飲んで、気持ちよく終わったんですけど。店を出たらね、2人とも酔っぱらっちゃってて。最終的に、なんか楽しくなってね、六本木の道中で『六本木で立ちションしたら面白くね? 』という話になりまして」
「冒頭から汚い話進めるね」
「そんで、やってやったんですよ、立ちション。どうも、六本木の街に尿をかけた男、エツです。以後お見知りおきを」
「エツ、第一印象が大事って聞いたことない? 」
***
エツとケイは他愛もない話をつらつらと話した後、話題は週末に2人が観に行ったアンの個展の話に移った。
「それにしても杏ちゃんの個展、すごかったよね。あんな綺麗な写真観たら、本当に行ってみたくなる」
「実は俺、写真にはそんなに興味ないんだけど、ほら、写真の下に説明文があったでしょ? それ見て感動してさ。アンって綺麗な文章書くんだな、って」
「へぇ、エツが人の文章褒めるなんて珍しい」
「良いものは良いって言うよ。あの文章を読んでて、『俺だったら何を書くかな』って考えたんだけど、きっと俺があのシーンを肉眼で見たとしても、『すごい』とか、『氷から怪物が出てきたらどうしよう』とか、『この氷が溶けて海水面が上昇したら、どうしよう』とか、そんなことしか考えられないと思う」
「それはそれでスゴい発想だね」
***
12時30分を回ったタイミングで、話がひと区切りしたこともあり、放送を終わらせた。
「では、また来週のこの時間で。本日の『フロム52! 』は、わたくしケイと」
「エツがお送りしました~。それでは、よい夜を」
しばらくの余韻を持たせ、ケイは「配信終了」のボタンを押した。
「フゥ、お疲れ様」
「楽しいもんだね、放送って」
「それはそうと、どう? 連載の調子は。締め切り、明後日だけど」
「大丈夫。まぁ、8割くらい構想は浮かんでるね、あとはそれを形にするだけよ」
「へぇ、じゃあもう結構書けてるの? 」
「まぁ、頭の中ではね」
「いつも通り、締め切りギリギリ納品パターンだなコレ」
***
エツがTwitterで『フロム52! 』への出演を宣伝していたこともあり、配信が終わるころには、視聴者数は大台の100人を超えていた。
「ついに、同接100人を突破! 今日はお祝いだ~! 」
Instagramから発信される52ヘルツの声は、徐々に多くの人に届き始めていた。
(第三夜、おわり)