当事者意識を持つということ
君に足りないものがわかるか?
自分の中で、数年前に言われたこの言葉が今でも心に残っていた。
この答えを探して、ここまで頑張ってきたといっても過言ではない。
そして、カンボジアに来て半年。
その問いの答えが自分なりに見つかった気がしている。
それは、
「 当事者意識を持って、一つ一つのことに取り組む事 」
言葉にすると当たり前のことだが、
実行するとなるとこれほど難しいことはあるだろうか。
何かをやる時に、何時何時も自分が主で始まるとは限らない。
誰かが行っているプロジェクトに参加したり、
形の出来上がったものに参加することもある。
この時、どうしてもお客さんのような感覚。
つまり、周りから一歩引いた状態。
言うなれば、温度差が生まれることが多々有る。
この言葉をいただいた時の自分はまさに、お客さん状態だった。
「 何かをしたいけど、何をすればいいかわからない。 」
このとき自分はここで気づくべきだった。
自分が参加していることの意味はなんなのか。
何を求められているのか。
そして、今の自分にできる最大のことはなんであるのか。
しかし、当時の自分はそこまで考えられず。
最後までお客さんだった。
今ならわかる。
短い期間の参加でも、必死に考えできることを最大限行う。
自らの性格を決めつけ、出来ることを遠ざけたり。
目の前のことを少し手を抜いてやってみたり。
自分がやらなくても誰かがやってくれると考え、目をそらしたり。
日本でも海外でもこのことは変わらない。
カンボジアに来て多くの日本人やカンボジア人を見てきて、
成功している人や確実に進める人の共通点はこの一言だと感じている。
カンボジアに住んでの活動が残り半年を切ろうとしているが、
自分の中で今一度このことを胸に刻みつけ、活動していきたい。
そして、この言葉は自分の人生の中で、
確実に軸になる言葉であり、
この先に人生どうなるかなど想像できないが、
何事においても当事者意識を忘れずに歩みたい。