空間に漂っていた海月
日々揺れ動いている気持ちを抱いて生きている。”中途半端だね”って呟いた言葉をどうしても頭の中に入れることが出来ずその言葉が宙に浮いたままになっていた。
そんな言葉を網で掬ってくれた2人の先生のお話し。
不必要な出会いは無い
ハッキリといつからなのかは分からない。気づいた時には自分は自分の与えられた性別に違和感があって、思春期がとても苦しかった。母親と上級生の虐めのトラウマで女性が怖く避けてた時期もあった。高校も男が多い、というだけで工業高校に進学した。
色んな出会いがあった。初めて同性・両性愛者の方々と出会ったのもこの頃だった。
元々偏見は1つも無くて、でも実際会ったこともなくて感覚が掴めずにいた。その1人の彼は僕より年上で、とても自信に満ちた方だった。その生き方が羨ましくて、まだまだ子供だった僕は今なら絶対にしない失礼な質問も沢山してしまっていた。それでも彼は優しく丁寧に答えてくれた。
「どう生きればそんな風に輝けるの?」
「自分の事を愛することが出来ればすぐだよ」
「僕には無理そう」
「そう思うなら無理かも。でもyuitoくんは良い所沢山あるんだよ」
「どこ?」
「色白なところかな」
「真面目に答えて下さいよ」
今考えるとヒントをくれていたのに、僕はあまりにも子供で気づけず通り過ぎていた。学校から帰って来て彼と通話する時間がとても楽しかった。色んな話しをしたけど、ある時から連絡が途絶え繋がっていたことも嘘みたいに声と顔が見れなくなってしまった。「ここで出会う方々との縁は短命なんだな……」と意気消沈したが再びネットの海は他の方とも繋がりを見せてくれた。サンドバッグを探しているだけの本当に変な人も居たけど。
いつもの様に見知らぬ人とメールを交わしお互い身の上話をしていた時。
「じゃあ君は女の子になりたいの?」
と、メールが届きドキリとした。そういう訳では無い。だけど自分は男でも女でもないと自分のことを認識している。当時の今以上に拙い言葉で彼に送ると
「中途半端に生きていく、ってこと?」
中途、半端……?それは知らない言葉みたいに響いて、思わず口に出すと頭が認識したのか底知れぬ不安が僕を襲った。僕がしようとしているこの生き方は中途半端なことなの?
「損得でどちらかに偏るってことなんでしょ?それはとてもワガママな生き方だよ」
当時本気で悩んでいた。クッキーとして生まれたのにガムの容器に無理矢理詰め込まれて粉々になった感覚を抱いていて容器を変えるべきなのか、と悩んだ末に自分はきっとどっちの性別でもない人間なんだ。と発見したつもりでいた。なのにその事が”ワガママ”で片付けられるなんて。ショックだった。
男らしく生きればいいのかな。そしたら責められることも無いのかな。
服装も言葉も男らしくして、演じ、違う自分を周りに見せた。これでいいんだろ?これで不必要な事は言われなくなるんだろ?
でもさ。これって一体誰なんだ?
周りが求めた未確定な「らしさ」を演じたら心が離れていく様に自分がとても小さくなっていった。僕では無い誰か。ただ行動の荒い言葉の汚い人間が出来上がっていた。
放課後の特別授業
人と付き合って別れてを繰り返し、その度に自分を見失っていった。自分を見つけるためのプロセスを相手に求めては失礼な事だと破綻していった。生き方なんて自分が決めればいい事なのに。
高校三年最後の夏。部活のない日に顧問に呼ばれた。良く晴れた日だった。夕日がいっぱいに入り込んだオレンジ色の教室で僕は全部話した。
「生き方が、分かりません。」
僕は普段ヘラヘラと何も考えていない様に見せ、気が向かない日は教室にすら行かないで部活だけ出るような面倒臭い生徒だった。先生は少し驚いた顔をして黒板に大きな丸を2つ描いて、その2つの丸に重なるように小さな丸を描いた。
「どっちの視点にも立てるなんて素晴らしいじゃないか。そもそも性別が2つだけって時代は終わると思う。この真ん中に居るお前の生き方は、これから先色んな人を担って行く生き方だよ。間違いだなんてそんなもの誰かに言われて決まるものじゃない。自分で決めて目指すもの。そこで間違ったと思ったなら自分で軌道修正したらいい。」
誰かにずっと”そのままで良いよ。大丈夫だよ。”って言って欲しかった。周囲の顔色を見て生きるのではなくて自分が思い描いた自分で生きたかった。結局は自分自身の問題で、結論だった。
「泣き止んだら気を付けて帰れよ」
退室しようとする先生に何度もお礼を伝え、静まり返った教室。黒板に描かれた3つの丸を見つめながら自分の本心からは逃げないと強く誓った。
この景色を忘れてはいけないと瞬きも躊躇った
卒業をなんとか迎えた僕は職員室に来ていた。担任、顧問、ぶつかり合った生徒指導の先生、顔を見る度に注意を受けた先生。
1人1人に迷惑かけました、ありがとうございました。と今更遅い謝罪をしていた。
最後に大好きなんだけど、少し口の悪い先生に挨拶をすると僕の言葉を食うように
「yuitoはこんな狭い場所で生きるのは合わねぇな。社会に出たらグッと生きるの楽になるから。頼むから、生きれよ。」
1人1人、我慢していた涙が溢れて言葉も上手く出てこなく「ありがとう」しか言えず頭を下げた。
職員室を出る時、僕に向けられた先生達の微笑みを今でも鮮明に覚えている。面倒臭い生徒だった。どうしても嫌悪感の塊だった制服を着ずにジャージで登校し、調子を崩して発作を起こすと帰る。登校すると言ったのに街をフラフラしていた。沢山怒られた。沢山泣いた。僕は沢山迷惑をかけて本当に面倒臭い生徒だった。だけど先生方は僕に沢山愛を送ってくれていたんだ。やっと気づけた。少しだけ大人に近づいた。深くお辞儀をして、生き方に迷っていた自分からも卒業した。学校を出ると真綿みたいな雪が父の車を包んでいた。まだ春は遠いな、と父は呟いた。
次に咲く場所を見つけた
今じゃ考えられないような自己中な言葉も沢山先生方にぶつけていた。その度に居場所はここにあるよ、幾らでもかかっておいで。と愛情深く接して下さった。理想の大人にはまだなれていないけど、僕もまた子供達にとって器の大きい理解者でありたいと夢見ている。スタートラインにすらまだ立てていないけど、小さな1歩を出したところだ。
今日は早く寝ようと思って居たのに、長く書いてしまった。ここまで読んで下さりありがとうございました。