「~すべき」「~であるべき」という考え方が僕たちを生きづらくしている気がしている
3ヶ月前、東京で5年間やってきた「会社員」をやめました。
なんでやめよう、と思えたかというと、
タイトルもあるように「べき思考」が今までの自分を苦しくしていたんじゃない?と思い当たる節があったからです。
実体験をベースに、この考え方しんどいよね、ということを書いていきます。
僕が持っていた「べき思考」
働いている時、成果に対するプレッシャーとか上司からの圧がキツくて、「働きたくない」「会社に行きたくない」と思いながら仕事をしていました。
こうやって考えながら働くことの辛いこと辛いこと。
メンタルめちゃくちゃ追い込まれながら働いていて僕が思ったことは、
「そもそも俺、なんでこんなに働きたいんだっけ?」
でした。
その会社に入るときに僕が考えていたことは、
「サービスのマーケティング責任者になれるくらい広く施策の責任を持てるようになりたい」
「元々あった広告運用以外のスキルも身につけて、マーケターと堂々と名乗れるようになりたい」
ということです。
この考えに嘘はなかったと思います。実際どうしたいの?って聞かれたら、いつもこの答えが思い浮かんでいました。
でもじゃあ、なんでそんな思考になるかっていうと、
「男ならしっかり仕事をして、どんどん成長して上に登ってくべきっしょ」
「バリバリ働いて成果残してスゴイ奴を目指すべき」
と、自分の中で「そうしといた方が良い」「こっちを目指すべき」という無意識な「あるべき思考」があったな、と気付いたのです。
苦しい中で考えた、自分の幸せってなに?
無意識に「べき思考」を持っていたことに気付いた僕は、「じゃあもっと幸福感生きるためにはどうしたらいいだろう?」と考えました。
自分の幸せを感じるタイミングっていつなんだろう?
● 友だちとゆったり過ごしている時間
● 仲間と共闘できている、と実感するとき
● 自然を感じて、開放的な気持ちになっているとき
● スポーツをする中でアドレナリンが出まくっているとき
● 音楽を聞きながら「これはヤベえ」と食らっている瞬間
驚くほど、仕事のことが出てきませんでした。
というか新卒のときから、「自分は学歴もなく、インターンとかでなにかをやってた訳でもなく、部活で全国に行ったわけでもない」というコンプレックスから、「仕事だけは出来るカッコいい男になりたい」と思っていたんですよね。
で、幸いなことに1年めからそこそこ成果を残して、小さい会社ながら全社MVPに選ばれたりもしていたのですが、
「今回は運が良かった」「まだ実力がついたとは言い切れない」「この会社で凄くても井の中の蛙だ」とか思っていました。
そう、「キリがない」んです…!「仕事でスゴイ人になる」のも、お金を稼いで・使って幸福を感じることも、キリがない・・・・
それよりも、やっぱり基本方針は「楽しく生きたい」ということだな、と。
何かを極めようとしたり、ストイックになりすぎると疲れてしまう。
あれもしなきゃ、これもしなきゃ、と完璧であろうとすると疲れちゃう。
そうじゃなくて、ラクに、緩やかに、やりたいことはやって、本気出す時は本気出す。
自分が幸せに生きていくためには、そっちの方が大事そうだな、と思ったわけです。
いまは地方でゆったり暮らす生き方を模索中
長々と色んなことがわかったかのように偉そうに書いてきましたが、
「前までは少しなにか見えた気がする」程度の進歩で、これからも常に自分の感情と向き合いながら、こっちのほうがいいかな?っていう道を進んでいく繰り返しになるのかな、と思っています。
働いてても、ニートしてても、フリーランスやってても辛いことあるし、人生ハードモードすぎひんか?と思っているわけですが、
この話は別のnoteとして書きたいな。
まぁまずは1~2年、ゆっくり暮らすやり方を模索してみて、
それで
「やっぱり俺は都会でゴリゴリ稼いでウェーイって暮らすぜぇえええ」
ってなる可能性も、もちろんあるな…とは思っているので。
「やってみなきゃわからない」をベースに、でも無理ないペースで、チャレンジしていきたいな、と思っています!