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ついてないふたり

転がり落ちた。彼はわたしの手を離さなかった。わたしも彼といっしょに土手を転がる。
「なにすんのよ!」
言いながらも、わたしは笑いが止まらなかった。アゴがはずれるかと思った。
はずみがついて、わたしたちは転がり続けた。

彼はいつもついてない。
家を出ようとするとドアで手を挟む。
道路に出たら犬のうんこを踏みそうになり、よけた足が側溝にはまって転ぶ。
彼に会うと、いつもメガネはひび割れているし、ジーンズには、いま破れました的にひざが破れている。

かく言うわたしもついてない。
家の鍵はよく無くすので、鍵屋さんには回数券を作ってもらった。
サイフはよく落とすので、カードのたぐいは家に置いてあったのだが、先日空き巣に根こそぎやられた。
車に水を跳ねかけられるなんて日常茶飯事だ。
ベランダでふとんを干しているとベランダが崩れて落ちた。全治二週間だった。

わたしたちは土手を転がり、川のきわで止まった。
止まっても彼もわたしも大声で叫び続けていたり。しかし、これは歓喜の叫びだった。

彼がドアに手を挟んだ日、病院で全治二週間のわたしに出会った。
彼がジーンズを破いたそのあと、デートの最中にファッション雑誌の取材を受けて謝礼をもらった。ひび割れメガネ、ダメージジーンズ、たしかに個性的だ。
わたしがカードを盗まれた日、彼がわたしの家のそばで不審な人を発見し通報。空き巣の犯人が捕まり金一封が出た。
車に水を引っ掛けられるたびにうれしくなる。そのあと彼と会えば、毎回なんらかの臨時収入があるのだ。
マイナスとマイナスでプラスになる。
数学で習ったことは本当だった。

起きあがりお互いを見つめあった。ふたりとも土手の草で切り傷だらけだった。
顔、腕、足。全身が痛い。おさえようとしても勝手に笑顔があふれる。
こんどはどんないいことがあるのだろう。
わたしたちは期待を胸に、抱きあって笑い転がり続けた。

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