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だれかの声

ぼくがネットで、大好きな子犬のかわいい動画を見ていると、後ろから声が聞こえた。
「そんなんがええんか」
「え?」
思わず声が出た。そこにはだれもいないはずだ。
ぼくはイスの上でおそるおそる後ろを振り向いた。
周りを見まわす。飼い犬のミニチュアダックスがクッションの上で丸くなって寝ているだけだった。
聞き間違えだろう。
ぼくはまたパソコンのほうに向きを変え、動画の再生ボタンを押した。
「ふん。こっちの気もしらんと」
背後から聞こえた。ぼくはまた振り返った。
飼い犬が短い足で立ち上がりこっちを見ていた。
犬は、歳のせいか茶色い毛並みも悪くなり目も濁っていた。
「オレも昔はかわいかったんやけどな」
犬の口が動いた。今度ははっきりと聞き取れた。
「い、犬がしゃべった?」
犬が伏せ、頬杖をついた。
「あたりまえや。どこの犬でもしゃべれる。お前らみたいなん相手にして、アホらしいて話さへんだけや」
ぼくは彼の前にしゃがみ、顔を近づけた。
犬は続けた。
「お前はオレの飼い主やから言うとったるわ」
犬が片目を閉じた。
「お前ら人間は、他の動物のことバカにしすぎた。オリに入れたり、ペット言うて無理やり言うこと聞かせたり、挙げ句の果てに捨てたりやなあ、もうムチャクチャやん」
犬がもう片方の目も閉じた。
「やられんで」
「やられる?」
ぼくは聞き返した。
犬が両目を開けた。
「反乱や」
犬が四つ足で立ち上がった。ぼくをにらむ。
「他の動物もみんな寄ってな、人間に痛い目あわしたろ、いうことになってんねん」
ぼくは焦った。
「みんなって?」
犬が首をゆっくりと左右に振った。
「まず犬とか猫やろ。動物園におる、トラやライオンもおんなあ。あとは山におる熊とか鹿とか猿も鳥も。みんなや」
ぼくは犬に尋ねた。
「い、いつ?」
「それはおまえにも言われへんなあ」
犬はバカにしたように笑った。
ぼくは立ち上がり、パソコンに向かった。ネットに書き込みしてみんなに注意しないと。
また背後から犬の声が聞こえた。
「そんなんしてもムダや」
ぼくはイスに座ったまま振り返った。
「どうして?」
犬はため息をついた。
「おまえ、飼い犬がこんなん言ってましたって書くつもりやろ?そんなんだれが信用すんねん」
ぼくの手が固まった。
飼い犬は茶色のその体を精いっぱい伸ばして伸びをした。彼はいつものようにクッションの上で丸くなるとそのまま目をつぶった。しばらくすると満足そうな寝息が聞こえてきた。

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