引き出しを開けるとお月様がどこからか出てきた。理由はよくわからない。理由なんてものが必要かねとお月様がいった。いいえ必要ありませんと反語を述べると、「俺は反乱が大嫌いなんだ」と訳の分からないことを言い始めた。お月様の顔は古代の宗教家竜樹に似てきていた。「相似と類似は似ているようで全く違う」と今度はお月様はシガレットを吸いはじめた。俺は呆れて引き出しを閉めた。冷蔵庫を開けるとかちんこちんに固まったお月様が出てきたので割った。お月様は壊れて中からビーズのようなものが出てきた。
おーいと返事をした方向をみるとお月様に似たSが手を振っている。僕はベッドから飛び出して貝殻みたいな螺旋階段を駆け抜けた。時間は午前1時を過ぎていて稲穂や草木がまどろむ時間だった。なぜ僕に向かって返事をしたのだろうと訝しげに思いながら犀のような皮膚の手をつかんだ。Sは窓の外にいて手をふっているようだった。 ーそんなところにいたらあぶないじゃないか。 僕がそうたしなめると、少ししたらSが砂時計を持ちながら ー君と僕は対偶関係にあるのさ。だから僕からは逃げられない そういっ
部屋の奥で読書をしていた頃、窓から夜半の月がみえた。ススキが揺れているように見えたのはどうやら錯覚らしい。その小説は物理世界と精神世界を行ったり来たりしてるような推理小説で、私には危なっかしい作品にしか思えなかった。たまに気分を変えるようにCDプレイヤーからかかってくる音楽をビバルディからシュトラウスに変えてみた。点・線・面の連続。関数、函数的連続と非連続のいったりきたり。そんなことを繰り返してるうちにふいに、 ーおーい と呼ぶ声が窓の下からする。その時部屋の奥の本棚に
第一章 世界の終わり 駅にある改札口を出ていくとき、ふいに定期券をかざした手が熱されたような妙な感覚に陥った。その妙な感覚は火傷跡が疼くような ひりひろとした感覚だったのだけれど、駅員の顔を見ていたら遅刻しそうになっていることに気づいてそんなことは忘れてしまった。駅員の顔は 雪が頭に乗っている地蔵みたいに、どの顔もみな同じに見えた。電車が発車するときのメロディーは発狂した音楽家がピアノを演奏するみたいに 奇妙な音楽に見えた。壁に掛かってる中づり広告はミュシャの絵みたいにみ
日曜日にこうして歩いていると、日々気づかなかったいろいろなことに気づく。二車線の向こうがわでタイヤを交換している人に出会った。薄の花が咲いていることにも気づいた。秋の畔と薄の風景はよくマッチしていて僕はカメラを向けたくなった。イヤホンから流れている音楽は初音ミクだ。耳元で機械音が鳴っていると自分がなにかアナログな気体からデジタルな流体に変わったようなきもちになった。 やっとこさ家に帰ると僕は今日あったいろいろな事柄と疲れからすぐさまベッドに飛び込んだ。まるで水泳選手が水の中
私たちの共同墓地を捨ててから私たちは心の中の太宰治を忘れてしまった 旅してからずっと拾遺を拾い集めている烏たちよ狩人の目で村を見ないで 共同の便所を共同の便器を幻想として抱きつづけるのか君たちは村を捨て 町を捨ててから私たちは心中した電線を跨ぎ飛び交う鳥たちにさよならを いうため
画材屋に入りしばらく誰かの画集をみていた。ゴヤの絵のように夥しい絵の具が血としてつかわれているそれはみているものに吐き気を催させた。すくなくとも僕にとっては。 ーいらっしゃい、なにかほしい絵でもあるの? ーいえ、なにか絵をみていたくて そう答えると店主と思われる人物はにっこりとした表情を浮かべた。どうやら気さくな人物のようだ。僕は、この絵がなぜ張られているのか聞きたかったがやめた。なにか隠された理由でもあるのかもしれないと思ったからだ。店の外ではしゃいでいると思われる学
通り過ぎるバスをみながら僕はひとりバス停に立ち尽くしていた。 道を歩いているうちにマフラーが風にさらわれそうになって、まるで恋人と二人で歩いているみたいだなとひとりごちた。受け取った封筒はあとで開けてみることを決意したのだけれど、遠くに画材屋が見えてくるまでぼくはその存在を忘れていた。 サカナクションの「バッハの旋律を夜に聴いたせいです」を聴きながら秋の道を歩くのはなんとなく面はゆい気持ちがした。待っていたバスはもう行ってしまったけれど、(次にバスが来るのは45分後だそう
その人から封筒を預かってそのあとはふらふらと歩いていた。銀杏が香る街は少し涼しくなっていた。二年前、ここに初めて来たときもこんな風な風が吹いていたような気がする。その時のことを少し思い出しながら街を歩いていると見慣れた看板が見えてきた。「居酒屋ゾラの水たまり」変な題名だけど僕はこの居酒屋がなんとなく気に入っていた。理由は、と聞かれるとなんとも困ってしまうけれど、そこに居ついてしまう猫のようになんとなくその店に通っていた。その看板を通り過ぎるとき後ろめたさを感じた。封筒を握りし
歩いていたら大学生の集団とすれ違った。1人は巨大なカメラを持って、1人は画材を抱えていた。(なにかあるのだろうか)そんなことを思いながら自転車に乗ってすれ違った瞬間、集団のひとりに声をかけられた「サタケさんですよね?」僕はとっさに頷いてしまった。頷いてから後悔した。僕はこの集団のことなどなに一人として知らないのだ。集団のうちの一人は眼鏡を掛けていて、なおも僕に話しかけてくる。「サタケさん。あなたに渡したいものがあります」そういうと僕に封筒のようなものを手渡して来た。僕は思わず
坂でヘラっているところに太陽が照りつけた。濡れた新聞紙が顔に張り付いた。池の中にいる鯉は笑っているみたいに泳いで いる。座敷にいる猫は縁日にいて寝ているようだ。俺は坂にある 自転車を取り戻し再び漕ぎ始めた。陽は縁日にいる猫に照りつける。 坂はまだ全然終わらない砂漠のように終わらない。砂漠に花は咲かなかった。
暖簾をくぐると奥のほうにあるカウンター席には蛸が泳いでいた。 「へい、らっしゃい」赤ら顔の主人がコハダを握りながら訊ねる「なんにしやす」 なんでもいいと答え奥のほうにあるカウンター席に座る 蛸はずっと泳ぎながら私をみていた。
猫が私を待っている 風のような光を浴び縁側で寝転んでいる 猫が私を待っている。毛糸はひとつずつほつれ 綻びを増している 早く帰りたいとおもう
バスを待っている間、私はひとりぼっちでバス停のわきのスロープを触っていた。 スロープは丸くてとがっている部分がほどよくほころんでいて触り心地がよかった 遠くに歯科医の看板が見える。むかしポリープの手術をしたことのある私は居心地が よくなかった。
「わかったから今日はおやすみよ。もうつかれただろうし」 宿屋のセンデギが粒子に包まれたシーツを干しながらいう。 「わかった」 縁側の隣には丸い穴が空いていた。蛇は今日も見つからなかった
**- 蛇の住処は何処かと尋ねられたが私にもその場所はよくわからない。 ただし中心に向かおうとすると太陽の外延にあたる 街は黄緑色の光に彩られていたがそれは蛇のそれではなかった。 「おい、蛇はどこだ」 住民に話しかけられたが住民は石のように固まったままであった 経験値を``上げるにはまだ研究がたりなかった 蛇はまだ何処かにいるらしかった