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◆ファイナルファンタジーは続く

何やら来年の夏にシリーズ16作品目を世に排出するらしい。

すごいね、想像力というのは。

でも、戦うことは、自分たちにとっての一方的な正義でしかない。

何を悪とするか、それも法や秩序などといった人道的概念を元にすれば、あたかもそれが正しいように思われがち。

一方で、そのようにして悪だと断定された存在は、正義を振りかざす者たちを「自分たちにとっての敵」または「自分たちにとっての悪」として身構えるかもしれない。

この世にいくつの正義が存在するか考えたことはあるか。

個が掲げる正義も、国や企業などのあらゆる集団組織が掲げる正義も、どちらも正義。

自分たちの正義に相反する思想を持つ存在は全て敵である。

しかし、そこに何かしらの共通目的が存在する場合には共闘することもある。

今この時代においても、戦い、殺し合うことが世界のあちこちで起きていることは、まぎれもない現実である。

そして、現地で殺し合う者たちがいて、それを傍観する多くの民がいる。

自分たちの国家を守る者、自分たちの国の領土を取り返しているのだと主張する者、そして、侵攻されている国の民を支援すべきだと財や武器を提供する者がいる。

日本国内でも奪い奪われに関連する事件が相次いでいる。

日本ほど見た目の経済力を見分けるのに簡単な国はない。今この時代に、高級車を乗り回しても決して良いことはないのだとわかる。

果たして、持たざる者が不幸であるという考え方が正しいのかというと、一概にそうとも言えないのかもしれない。

私たちは今、何と戦わないといけないのかをよく考えないといけない。

何を武器とすべきなのか。

剣に代わる武器とは何か。

盾に代わる防御とは何か。

生きてこの先の未来に何を見るのか。

それを見た時、これまで奪い合ってきたことが正しかったのか、それとも間違いだったのか、きっとわかるかもしれない。

どうも、人は過去の歴史に縛られた考え方を捨てきれずにいる。

100年前、200年前の自分たちの国の民が強いられてきた苦痛を、この先何十年も戦争の理由にしていくことが理に適った論理なのか、甚だ疑問である。

ついに、ロボットが人工の皮膚を纏う技術に成功してしまった。

本当に見た目が人間なのか人工知能ロボットなのか見分けが付かなくなる時代がそこまで来ているのかもしれない。

何やら、人工皮膚を損傷しても自然治癒することも明らかになっているらしい。

手足を失った人たちの義足が、見た目では普通の手足のように見える日もそう遠くはないのかもしれない。

また、人工皮膚は、人それぞれの細胞を培養して形成されるため、拒絶反応や副反応なども起こる心配がなく、触覚、温度感覚などの、通常ヒトが感じる感覚も再現できるかもしれないというのだから驚きだ。

全ての技術が軍事利用されないことを祈りたい。

ターミネーターのような世界では、ロボット同士の戦いも想定し得る。この世界に見た目が人間のようなロボットが解き放たれた挙句、極めて最悪な犯罪行為に及んだとしても罰する意味はおそらく皆無と言っていいだろう。

先が見えるようでどうなるかわからない未来に希望があるかと問われれば、どうにも答えようがないのが正直なところ。

永久発電の実現は可能か。これもまた興味深いところ。電力を必要としない永久機関技術が開発されれば、二酸化炭素を一切排出せずに0⇒1で電力を半永久的に供給できるようになるかもしれない。

ノーベル賞どころの発明ではない。間違いなく史上最高峰の技術革新となる。

電気代がタダでいくら使っても良い、そういう時代を迎えると、有人ドローンで空中に寝泊まりする時代が来たっておかしくない。

何が起きていくんだろうね。それだけは気になる。

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