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君を見つけ出したときの感情が | 0517-18日記



5月17日

個人面接と聞いていたものの、いざ本社に行ってみたらわたしの他にもうひとり面接者らしき人がいた。「面接ですか?」と聞いてみるとやっぱり同じ就活生らしい。
受付の方に促されるまま、2人でソファに座る。ふと目が合う。その瞬間、彼女は親指を立てながら笑顔で頷いてくれた。大丈夫やで!頑張ろな、という無言の励ましが聞こえた。

この時点で、彼女と仲良くなることは決まっていたように思う。

事前に聞いていた通りに面接自体は個人面接で、そのあと2人で懇親会に参加した。一緒に本社のロビーを出て、社員の方にお辞儀をして、扉が閉まっていき、くるりとビルに背を向けた途端わたしたちは猛スピードで話し始めた。話し始めてすぐに分かった。これは”合う”な、と。
特に共通点があるわけではなかったけど、ただとにかくテンションが同じだった。仲良くなるには、それで十分だった。

自他ともに認めるガードが固いわたしが、初対面の人とこんなに親しく話せるなんて。まるで知らない誰かに生まれ変わってしまったみたいだ。しかし同時に、今この瞬間こそがほんとうの自分であるような気もする。今までの自分は仮の姿だったのか? ここにきてようやく本性を表したというのか。

この言葉を使うことはなんだか照れくさいし胡散くさいけど、この出会いをひと言で言い表すにはこれしかないだろう。運命だった。

少し観光してから帰るという地方住みの彼女は、大学に向かうわたしを駅まで見送ってくれた。改札に向かう階段の前で、手を握りながら「生きとればなんとかなるから!」と言った彼女。あの一点の曇りもない澄んだ瞳が、今も忘れられない。

「そうよね! 生きてたらなんとかなるよね!」
「そうやでそうやで! 内定もらっても生きてなかったらしゃあないねんからな!」
「ほんとだ!!!」

なぜ彼女は初対面のわたしにあんなことを言ったのか分からないけど (誰彼構わず言って回ってる可能性もあるし彼女の性格を考えた場合おおいにあり得る)、生きてたらなんとかなるで、という言葉はわたしにめちゃくちゃ刺さってしまった。それはそれは深く、内臓をえぐって抜くことができないナイフのようにわたしを刺してしまった。

あーあ、わたしはね、こういう人間がだいすきなんですよ。もうほんとうに、好きで好きでたまらない。わたしはどれだけ頑張っても努力しても彼女みたいにはなれないと分かっているから、彼女のことを尊敬してしまう。初対面の女に「生きてたら」なんて壮大なことを、まるで世界の揺るがない事実と言わんばかりに、地球は丸いと同等の勢いで話す彼女のことが好きで好きでさ。


日付が変わる少し前、交換したインスタにDMが届いた。
『明日の夜帰るんやけど、その前にごはんでも行かん?』
考えるまでもなかった。明日は昼からバイトがあるけど午前中は空いている。普段なら直前に予定を入れることも、バイトの前にわざわざ友達と会うこと
もしないわたしだけど、そんなことは言ってられない。そんなこと考えている暇はない。だって、もっと彼女と話したいんだから。理由はそれだけで良かった。


5月18日
横浜駅で待ち合わせをした。昼ごはんを食べようということになっていて、ここは関東民らしくわたしが候補を出そう!と意気込んで、事前にいくつかお店のURLを送っていた。ここ美味しそう、でもこれも良いね、なんてDMを送り合いながらひとまず会ってから決めようと提案する。

「ほんまは何が食べたいん?」

そう聞かれて、わたしは少しだけ悩んだ。せっかく横浜まで来たんだから彼女の食べたいものを食べるべきに決まっている。わたしはその気になればいつでも来れるけど、彼女は次はいつこっちまで来れるか分からないんだぞ!!
そして、わたしは意を決して答える。

「............たらこパスタです」
「やっぱりな〜! 一番上にあったもん。そうやろなって思ってた」

はーーあ。思わずため息も吐いてしまう。完敗だ。
こうして辿り着いたパスタは、それはもう抜群に美味しかった。彼女の住む町にはない店だということは予め調べていたし、彼女にも食べて欲しかったので、まあ結果オーライということにする。

まだ時間があったので、ニューマンの屋上に上がった。改めて、ふたり一緒に受かると良いねと話しをする。
お互いの就活の話や、大学での話、家族の話や恋愛の話をする。なんせ何も知らない状態で仲良くなったので、話すネタは尽きない。
話しているうちに、わたしの脳内にはある思いが込み上げてきた。

( もし受かんなくても、彼女と出会えただけで受けた価値はあったなあ〜〜 )

でも、それを口に出すことは憚られた。伝えてしまったら、もう受からないような予感がしていた。この時点でわたしにとって受かる/受からないは存外どうでも良くて、もちろん一緒に働けたら楽しいだろうし働きたいけど、それよりも今ここで出会えたことの方が大事だと思っていた。
ひとりでそんなことを考えているうちに、なんだか涙が込み上げてきた。思い返しても自分で笑ってしまうのだけど、なんとわたしは出会って2日目の友達の前で泣いた。

「待って、泣きそう.......!」※もう泣いてる
「え!? なんでなんで!笑」
「なんか......良い出会いだなと思って.......」

半分が本当で、半分は嘘だった。
「そんなに私のこと好き?」と笑いながら聞いてくる彼女に、わたしは泣きながら「好き〜〜.......」と答えた。出会って2日で泣かせたのは初めてだよ、と言われたけど、こっちだって2日で泣いたのは初めてだよ。

わたしがバイトに行く時間になって、昨日と同じように駅の改札前で別れた。彼女はまた「生きとればなんとかなるから!」と言ってくれた。この言葉があれば、わたしはこの先も大丈夫だと思えた。1年後の自分がどこで何をしているのか、今はまったく分からないけど、今日ここで彼女が「だいじょうぶ」と言ってくれたことは、必ず自分のお守りになる。

大学に入って、成人して、大人になって、お酒が飲めるようになって、周りはどんどん就職していって。素直に友達を作ることが難しくなったように思う。仲良くなるにはどうしても所属や社会的地位、考え方の姿勢が無意識のうちに考慮されてしまう。無邪気に「友達100人できるかな♪」と歌っていた頃に比べれば歯がゆくもあるけど、ひとりの人間としての領域を守るために必要な手段でもある。だから、これに関して特に悲観するつもりはない。

ただ、数々のハードル (悪い意味ではなく『ひとつずつ乗り越えるべきもの』という意味でのハードル) なんかすっ飛ばして、まるで存在していないかのようにハードルを薙ぎ倒しながら一直線に走り抜ける友達づくりは、それはそれで尊いものだ。
校庭で走り回りながら、運動や勉強の不出来や家庭環境の良し悪しなんて考えもせずに友達を作っていた頃の、純粋な「友達になりたい!」という気持ち。最近は忘れていたように思う。

結果から言って、彼女は選考を通過してわたしは落ちた。お互いの結果を報告して、そこでわたしはようやく「あなたに出会えただけで受けた価値はあった。出会えてよかった」と伝えられた。一生もんの出会いやと思ってるよ、と返ってきて嬉しかった。わたしも同じ気持ちだ。
そして、こんなメッセージも届いた。

『まあ私、会社立ち上げるんありやなと思ってるから、そうなったら芳住のこと誘うわ』

もう、声を出して笑ってしまった。彼女はこれからも、わたしの想像を超え続けてくるんだろう。



君を見つけ出した時の感情が
この五臓の六腑を動かしてんだ
眩しすぎて閉じた瞳の残像が
向かうべき道のりを指さしてんだ

リアルと夢と永遠と今と幻想が
束になって僕を胴上げしてんだ
あの日僕らを染め上げた群青が
今もこの皮膚の下を覆ってんだ

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