最近の記事

(短編) ウソ

「ねぇ。今日エイプリルフールだから私ウソつきたいの。私がウソつくから、あなたもウソついて。」 「えっ。なんだよそれ。」 「いいから。あのね、実は私お姫様なの。」 「ふーん。お姫様もOLやる時代なんだ。だったら俺のじいちゃんカッパだよ。」 「えー。あの髪型になっちゃうのは嫌だな。でも、私も宇宙人だし人のこと言えないか。」 この後も、彼女は複数人と浮気してるとか、俺も目からビームが出せるとか、たわいもない時間を過ごした。 それから半年後、満月の夜に彼女は突然俺の前から姿を消した。

    • (短編) 棚からぼた餅

      田中が金持ち。 奢ったの覚えてるかな。

      • (短編) 走る

        不思議なくらい信号は青だった。 それに気が付かないほど僕はただ走っていた。 店を飛び出した彼を追って、僕は反射的に走り出したのだ。 他の店員は逃げていく彼の背中を他人事にした。 だが、僕は走り出した。走ったのは学生の時以来だ。 そうだ、走っていると呼吸をしていたことを思い出す、足を前に出すと進めることを思い出す。 僕はもう追いかけてはいない、彼ももう逃げてはいない。 知ってる街から知らない街へ。昼から夜へ。日常から解放へ。 芝の青臭さと微かな潮の香りを肺いっぱいに僕は大の字

        • (短編) ウサギ

          私は衝動的にウサギを家に連れて帰ることにした。 一人の部屋に跳ね回るウサギの姿を想像すると自然と頬が緩む。 腕の中の温もりに命を感じ、私なんかにも、守れるものが出来た歓びに浸る。 こんなに家に帰る足取りが軽いのはいつ以来だろう。 家につき真っ暗な部屋に明かりをつけると、静まり返る無機質な空間で照らし出される柔らかな白。 「今日からここは私たちの家だよ。」 この時には、さっきまで生きていたはずのウサギはもう死んでいた。 この部屋はウサギには寂しすぎたのだ。

          (短編) カッコイイ

          「カッコイイね。」 また、この言葉を彼女は口にした。 彼女に出会うまで女性にカッコイイなんて言われたことはない。 わかってる。 僕はカッコよくはないし、彼女にとってのカッコイイは受け取る側の十分の一の重みもないことを。 それなのに、あまりにも意識してしまうものだから僕は彼女に皮肉をこめて言ったんだ。 「何で僕なんかにカッコイイって言うの。」 彼女は真っ直ぐ僕を見て即答した。 「私、語彙が少ないから。」 予想外の答えにカッコ悪い僕は 「なんか、ごめん。」 と目をそらす。 「謝れ

          (短編) カッコイイ

          (短編) 風

          風の強い日だった。 足を踏ん張っていないと飛ばされそうだ。 でも、今まで飛ばされたことはない。 幼い頃はよく風に飛ばされる夢を見た。近頃はめっきり見ていない。 わからないものに身を任せながらも自由だった。不安が楽しかった。 なぜ飛べなくなってしまったのだろう。 今ここで足の踏ん張りを緩めたら無様にひっくり返って終わりだ。 一センチでも身体が浮いたら、すぐに震え上り、喜んで地べたに這いつくばるに決まっている。 そんな奴、風だって乗せてやりたくなくなるか。

          (短編) 風

          (短編) ゾンビ

          A「ヴォー。」 B「お前いつまでやってんだよ。」 A「いや。やっぱ外歩く時はこっちの方が落ち着くんだよね。クセだな。」 B「わかるよ。俺も一昔前はそうだったから。ゾンビなのに普通に歩くのはナシだろって。でも、ある時から、もっと自由に生きていいんじゃないかなって思ったわけよ。」 A「お前はカッコイイな。俺ゾンビになってから生きるとか口に出せないよ。」 B「俺のことイジってるだろ。」 A「違うって。」 B「そういえば、お前最後に人間見たのいつ。」 A「8年前かな。」 B「俺もそれ

          (短編) ゾンビ

          (短編) 部屋

          「やっと会えましたね。」 彼の言葉に私は吹き出した。 間違っているような、正しいような、でも彼らしい言葉だ。 彼も気が付き二人で笑った。 彼が出した手に、私はゆっくり手を伸ばし指先を重ねた。 肌触りとも、熱とも違うものが伝わる。 それは、私の指先を通り抜け全身に広がった。 彼の眼差しが『僕もだよ。』と答える。 私は一歩づつその場を離れ彼に近づいていく。そこに迷いはない。 彼と過ごした部屋に横たわる私をおいて、私は彼と旅立つ。 未練も価値もない全てを捨てて。

          (短編) 部屋

          (短編) 注意

          あなたは人の鼻毛が出ているのを注意出来る人間だろうか。 僕には無理だ。 鼻毛が出ていようが、社会の窓が全開だろうが、歯に青のりが付いていようが、カツラがずれていようが、口に出すことが出来ない。 反射的にどう伝えるかより、どう気付かなかったフリをするかに頭が傾く。 言った方がいいのは分かっている。だが、いくら親切とはいえ、人に嫌な思いをさせてしまう事を告げる勇気がどうしても出ないのだ。 言おう、言おうと思ううちに時は過ぎ、ますます言い出しにくくなる。 今がまさにそうだ。さっきか

          (短編) 注意

          (短編) 親子丼

          「これでも食べて待ててね。」 目の前に出された親子丼を私はただ眺めていました。 子供が好みそうなものを選んだだけなのは分かりますが、親子丼とは皮肉です。 私はこの時まで親子丼を食べたことがありませんでした。 食べる機会がなく、食べてみたいとも思わなかったのです。 そもそも、親子丼には親子は入っていません。他人同士の鶏肉と玉子が一緒にされているだけで、それは、大人と子供だからと勝手に親子として墓に入れるのと同じことです。 私の口に運ばれた偽親子は、出汁の香りとご飯の包容力に包ま

          (短編) 親子丼

          (短編) 主張

          「おい。お前あんまり目立ちすぎるなよ。」 「わかってますよ。」 「目立つ奴は切られる。それが世の中だ。」 「でもですよ。俺たち毎日働きづめで、正直めちゃくちゃ頑張ってるじゃないですか。それなのに……。」 「俺らはまだいいほうさ。他の部署は根こそぎ切られたらしいぞ。だから大人しくしてろ。」 「目立っても平気な奴らもいるじゃないですか。まつ毛とかさ。まつ育があるなら、俺たち鼻毛も育毛流行らないかな。」

          (短編) 主張

          (短編) ワニ

          出るワニは打たれる。 これも仕事だ。

          (短編) ワニ

          (短編) 芙蓉

          「ねぇ、君。なぜ、ここにある他の芙容の花は白いのに、この株の花だけピンクなのだと思う。あのピンクの花の下には美しい少女の死体が埋まっているさ。花の咲く時季になると、少女は花の前に座り自らを栄養に咲き誇る芙容を眺めるんだ。」 「へぇ。そうなの。なんか可哀想ね。」 「僕もそう思うよ。ずっと一人ぼっちで。」 「そう思うなら、あなたも私の隣で咲いてくれる。」 「やっぱり覚えていないんだね。僕なんかに花は咲かないよ。君の美しさを永遠にしたかったのに、僕が埋まったら、また君を枯らしてしま

          (短編) 芙蓉

          (短編) アリとキリギリス

          外へ飛び出し雪の中を踊り狂うアリ。 キリギリスは最後の力を振り絞りバイオリンの弓をアリのために動かし続けた。 「春が恋しい。何故だい。どうせ働くことしかしないだろ。」 命を燃やし主義のため道楽を貫くキリギリスの言葉。 閉ざされた扉の内側でアリは自分の言葉を失った。

          (短編) アリとキリギリス

          (短編) 屋上

          彼を止めに行った時にはもう手遅れだった。 彼は柵の外に身を乗り出し、僕に気付くと、いつもより優しい笑顔を僕に向けたまま、足を宙へと踏み出した。 僕は彼を目で追うため顔を上げる。 翼が生えた優しき友人。 彼が馴染めないこの世界が悪いのだ。

          (短編) 屋上

          (短編) ジオラマ

          死んだ父の部屋にあったジオラマ。 ジオラマ作家だった父。 ある時から一歩も外に出なくなった。いや、それどころか、一日の大半を自室に籠り過ごしていた。 そして何も作らなくなった。 椅子に座り動くことなく、一日中憑りつかれた様に何かを眺める父。 だが、その顔は前よりも生き生きしていて、それが不気味で僕も母も声を掛けることが出来なかった。 父が亡くなり、僕と母は初めて父の眺め続けた物を目にしている。 それは、とても美しく精巧で間違いなく父の最高傑作であった。 でもそれは、あくまでも

          (短編) ジオラマ