かまうなちゃん

14歳の拒食症真っ最中の私は、とにかく、“かまうなちゃん”だった。

(拒食症真っ最中って、皆んなそうなのかな?どうなの??多分、そうなんじゃないかな、、、?)

親以外にも、かまって来る大人たちは、学校にもいた。日に日に食べる給食の量が減って行き、それに比例して、痩せ細って、覇気がなくなって行く私を、心配して、近寄って、声をかけてくれる大人たち。

今の私は、当時の周りの大人たちが、私を心配してそうやって近寄って来てくれたのを、十分に理解出来るし、「あの時はああやって心配されても当然だったなぁ」って思えるけど、あの時の私は、自分では“大丈夫”だと思っていたからこそ、“この子、大丈夫かな?”って感じで、しつこくかまって来る大人たちが本当に鬱陶しかった。

その中の1人が、スクールカウンセラーさんだったんだよね。ニコニコして太陽のように明るい感じの小柄なおばさん。最後の“おばさん”っていう表現は、「なんて失礼な😳」って今の私があの時の私に言ってあげたいくらいなんだけど、正直に書くと、当時の私にはそう感じていたんだよね。

全校生徒合わせても60人いないくらいの小さな田舎の中学校だったので、全学年、全先生、皆んながランチルームに集まって給食を食べる日が、月に何回かあったんだよね。そういう時、決まって、カウンセラーさんは、毎回、私の近くに座って来た。真隣じゃなくて、さりげなく近くに。斜め向かいだったり、背中合わせだったり、私の視界に入るところに座って来ては、最終的に、私の方へ近寄って来る。「食べる食べない」には全く触れて来なかったけど、私は近寄って来られるだけで、机をひっくり返したくなる程、嫌だった。(実際には、机はひっくり返していないけどね😅) ランチルームに最後まで残って、誰もいなくなってから、手付かずの給食を片付けていたのもあって、早くどこかへ行って欲しかった。

給食の時以外でも、行事ごとに顔を合わせる度に、同じ空間にいたら、近寄って、普通に接して来られた。

でも、当時の私には、“スクールカウンセラーさんと話す🟰メンタルがやられてる普通じゃない子”という意識があって、普通に接して来ても、そうやって近寄って来るだけで、「ねえねえ、大丈夫?辛いこととかない?どうして食べられないの?大丈夫?辛いよね?」って心配されているように感じて、全く辛さを感じていなかった当時の私には、そうやって近寄って来るカウンセラーさんの存在自体が重たかった。「異様に心配されないといけない変わった子」と意識させられるようで関わりたくなかった。

だって、あの時の私は、自分は普通の子だと思っていたし、異様な子だとは全く思っていなかったから。(とは言え、自分は異様かもという自覚が全くなかった訳ではないんだけどね。薄々気付いていたけど認めたくなくて、カウンセラーさんの存在が、私にとって、自分が認めたくないことを象徴していた感じな部分もあったのかな、、、)

そんな当時の私は、とにかく、文字通り、そっぽを向き、話しかけられても話し返さなかった。背を向けて、「まるでカウンセラーさんがそこにいないかのように無視し続けた」記憶しかない。黙っていたと言うより、他の子に普通より大袈裟に話しかけることや、大丈夫そうな感じで元気そうに過剰に振る舞うことで、「自分は元気なんだ」って見せつけていた感じだった。そうやって「かまわないで欲しい」って必死に伝えていた。

なので、実際にカウンセラーさんと関わった記憶ってないんだよね。記憶に残っているのは、拒食症真っ最中の時に、そうやって近づいて来て声をかけてくれたけど、私は無視し続けたことだけ。

拒食症真っ最中を抜け出して、「あの時の自分の異常さ」に気付いてからは、それはもう、自分のことが物凄く恥ずかしかったし、だからこそ、さらに、「元気そうな普通の子のフリ」を自ら意識してしていた側面もあったし、それと同時に、元気になって行くと、私を心配して近寄って来る大人たちは適度に距離を置いて普通に接してくれるようになって、私は、ほっとした一面も実際にはあったんだよね。

ずっと後になって、必要な時に大人たちが近寄って来てくれないことを知ってから、今までずっと、カウンセラーさんに謝りたかった。自分勝手だけど、もう一度会って謝るだけでなく、私が覚えていない当時の記憶を埋めて欲しかった。その後どうなったか聞いて欲しかった。

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