アイ・ドント・ライク・ユー
いつか頂上までいってみたいね、と言いながら眺めていた裏山へ先に登ってしまったのはセナちゃんだった。だからこんな山道を易々と進んでいくのだろう。軽やかで、しなやかで、忌々しい彼女はいっつもわたしの前を歩いている。
言ってくれればせめて学校のジャージに着替えたのにと思いながら、わたしはさざめく木々を見上げる。
ローファーの先が土で汚れ、太腿が痒い。お姉ちゃんにせっかく磨いてもらった爪を気遣っている余裕はなく、わたしは岩や地面から露出した木の根を掴み登っていく。
見上げるように前を望む。
でもセナちゃんは振り返らない。いつだって彼女は振り返らない。
中学一年の秋、セナちゃんは転入してきた。
セナちゃんは明るくて、可愛くて、字が綺麗できっともっと友達が出来たはずだ。だけどセナちゃんが転入してきたタイミングは文化祭の一ヶ月前だった。つまり、彼女は既に出来上がったグループに加わらなければならなかった。
明るくて可愛いセナちゃんはすぐに男子を湧かせたが、女子からは調子に乗っていると揶揄され、わたしはそんな彼女を不憫に想いつつも、傍観者で居続けた。なぜならわたしはどのグループにも最初から属していなかったからだ。
それでも全く作業をしていないと先生に怪しまれるため、わたしはひとりで買い出し係をやるよう命令された。
わたしはそれでよかった。
なぜなら別に急かされることもなければ、ひとりで抱えきれないほどの買い物を頼まれるわけでもなく、共同作業が苦手なわたしにとってそのポジションは居心地が良かった。でも、第三者から見ればわたしは明らかに可哀想な人だ。
セナちゃんはわたしの買い物に勝手についてくるようになり、やがてわたしを無理矢理輪の中に入れさせようとしてきた。すると、わたしに向かってくる言葉の鏃は前よりも鋭くなり、数も増えていった。
耐えきれなくなったわたしはこれ以上関わるなと忠告をしたが、それでもセナちゃんはわたしに毎日話しかけ、文化祭が終わった後も強引にわたしを輪の中にねじ込もうとした。
セナちゃんのせいで、わたしの温い平穏は崩れた。
そしてわたしは今までないがしろにし続けてきた対応力を鍛えなければいけなくなり、その結果、物静かなグループの一員に加わることが出来た。
でもセナちゃんは未だに誰ともつるもうとしない。
理由を聞いても答えないし、わたしがグループの中の女の子と喋り出すとセナちゃんはいつの間にか消えている。
裏山の頂上には丁度二人分ぐらいの広さの扁平な岩があった。わたしは腕時計を見てまだ登り始めてから十五分も経っていないことに気がつく。
手で顔を仰ぐわたしに対して、先についていたセナちゃんは眺望を優雅に堪能している。ざらざらとした岩肌についた彼女の右手横には清涼飲料水の入ったペットボトル置いてある。
わたしはそのペットボトルを掴んでキャップを開けて、飲んでみるがセナちゃんは真っ直ぐ前を見つめたまま、振り返らず、わたしを咎めることもない。
隣に座り見えた景色は森ばかりで、空気はいくらか澄んでいるように感じるが、所詮裏山だなといった感じだ。
わたしはセナちゃんが目を閉じていたので、同じように目を瞑る。
彼女と同じように暗闇を眺め、野鳥の声を聴く。
クラスの中に居場所ができはじめた頃から、セナちゃんとわたしの関係は希薄になっていった。
それでも彼女は相変わらず、可愛く、しなやかな風見鶏で居続け、そんな姿を見ていると自分が重力に囚われているように感じてしまう。だから、わたしはセナちゃんのことが嫌いなんだと思う。
「わたし、ずっと前からセナちゃんのこと好きじゃなかった」
「はっきり言うねえ。でも、知ってた」
「そういうところがずるくて、嫌いなんだよ」
「そっか。でもわたしはあなたのこと好きだよ」
その言葉が嘘か本当かは分からない。なぜならセナちゃんの瞳はあまりにも澄み切っているからだ。
新学期になったらわたしは彼女に仕返しをしようと思う。そしていつかセナちゃんがこのクラスで良かったと言えるようになる日を作ってやるんだ。
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