劇場版名探偵コナン100万ドルの五稜星の感想[ネタバレ注意]

100万ドルの五稜星を見てまず印象に残ったものは福城聖のかげりである．

　聖は最初，剣道大会の演武をするため登場する．演武後に聖は和葉に声をかけるが，声をかけられた和葉に嫉妬する周りの反応からは聖があの作品世界において女性人気が高いことが推測できる．さらには医学部の大学生．（しかもCV松岡でプライベートジェット持ちの家）優秀なエージェントが跳梁跋扈しているあの世界では控えめに見えるがスペックだけ見ればかなりの優良物件である．しかし，気になるのが作中に聖の学友とみられる人物が登場しないことである．それだけのスペックの持ち主なら交友関係の中心にいそうなものだが，恋人もおらず，演武には会釈する程度の友人すら見に来ていない様子であった．一匹狼で行動するタイプにしても，たまたまあった女子高生にすぐアプローチを仕掛けるところなど，随所で性格の不和を感じる．
　また映画を通して聖は母を紛争で亡くしており，母に憧憬の念をもっていたことが分かる．映画の終盤では母を殺した兵器を消滅させるためにかなり大胆な行動もとっており，母に並々ならぬ思いをはせていたことが分かる．
　これらのことから聖には母の影から逃れられない残念でめんどくさい美男子という印象を持った．スペック的に今までアプローチを受ける側だと思われる聖が地元で交友関係がないのは母の影に捕らわれて，無意識のうちに母が理想像となっており，いわゆるマザコンになってしまっていたからだと感じた．母を亡くしているため，それも妥当であるように一瞬は思えるが山を爆撃しようとしたことからも，やはりその思いは常軌を逸していると考えてよさそうである．

　そもそもこの映画に登場する人物たちはその多くが虚像に振り回されていると感じた．メインストーリーとして刀と刀から導かれる兵器がこの作品の大きな謎であるが，この正体も分からない兵器を追い求めて様々な人物が交錯することになる．しかし，よくよく考えてみると登場人物の何人かについては正体が分からないにしては行動が大胆すぎないかと疑問に思う部分がある．特に武器商人のブライアン・Ｄ・カドクラに関しては，戦況を一変させる兵器という情報に食いついたように見えるが，新選組が存在した当時にその兵器は大きな力を有していたのであって，技術が進んだ現代ではそれを上回る兵器などいくらでもありそうなものであり，アジアを中心に暗躍するやり手の武器商人にしてはあまりにも見通しが不鮮明すぎないかと思ってしまう．実際，兵器の正体である暗号機は現代のスマホの方が優秀とキッドに言われる始末である．そのため，これは兵器の脅威に惹かれたというよりミステリアスでロマンのある情報に惹かれたと思うのが自然であり，現実を買おうとして夢を見ているように感じた．それ以外の行動原理に兵器がある人物たちも同じような虚像に騙されていた結果となった．
　
　すなわち，メインキャラに中心に据えるなら，平次と和葉の恋の行方というのがこの映画のメイントピックではあるが，映画のみに登場するキャラに焦点を当てるなら，振るうための刀に振り回された人間というのがトピックでありオチであると考えた．

　またもう一つ気になったのが大岡紅葉の登場理由についてである．作中では度々平次と和葉のゴールインを阻止しようと画策する紅葉であるが，途中までは平次の周りのキャラであるからおまけのように出てきているかのように考えていた．最後にスタングレネードを落として，カップル成立を阻止するシーンを見てからもそうであった．しかし，振り返ってみると聖と紅葉は何かと対比関係にあるように思えた．和葉にアプローチする聖に平次にアプロ―チする紅葉．山を爆撃して，本来の目的ではなかったが結果的に告白を阻止しそうになった聖と，うっかりではあるが告白を阻止し目的を果たした紅葉．どちらもプライベートな航空機持ち．ただ違うのは聖は失敗し，紅葉は成功しているという点である．ここまで来るとスタッフが意図的に設定した思ってしまう．

　これらのことを踏まえると紅葉が映画に登場したのは平次と和葉の関係をうやむやにするオチ担当のほかに聖の失敗を際立たせる担当という理由があったと考えられる．言わば曇らせ役である．ただでさえ残念感を覚え，一匹狼である聖であるが，映画にも嫌われているのかもしれない．つまり，この映画は最初の好印象の聖を時間をかけて曇らせていき，正真正銘平次が和葉のパートナーであると視聴者に思わせることで聖にとどめを刺す構成であったと感じた．

　ここまで考察してみると，爆撃は許されないが聖がかわいそうな存在に思えてきた．ここまでの曇らせを受けながら，最後には涙という雨を降らせなかった聖にはやはりそれだけの強さがあったのだと思うし，和葉に嫉妬してたモブぐらいは聖に心を晴らすような拍手を送ってもいいのかもしれない．