The Bandが見せる夢
これまでの私の短い人生のなかで、自分の音楽趣味の幅が一気に広がるきっかけになった音楽が2つある。そのひとつめは以前記事にしたくるり、ふたつめはThe Bandの音楽だ。
The Bandを聴くことで、ルーツ音楽とかアメリカーナと呼ばれる音楽がスムーズに耳に入ってくるようになった。
それらはまさにポップミュージックの根底となっているため、最近のポップスにもそういったルーツ音楽の要素を大なり小なり見つけることができる。
そしてそれがきっかけとなって、別の新しい音楽を好きになっていくし、今まで頻繁に聴いてきた音楽のなかにも新たな発見がある。
The Bandのボーカリストたち
私はいつもポップスのボーカルばかり聴いていて、経験上たとえどんなにそのサウンドが自分にとって好みであっても、ボーカルが肌に合わなければその音楽を好きになれない。
逆にボーカルが気に入れば大抵好きになる。それくらいボーカルは大切。
例えば、アルバムを通して同じバンド、あるいは同じミュージシャンの曲を連続して聴くと、たまに飽きてしまうのだが、それは具体的にはボーカルに飽きているのだと思う。
その点、The Bandは良い。ボーカリストが3人もいる。
統一性のあるサウンドの上にその曲に適したボーカルが乗っかっている。これはその他大勢のワンマンボーカルバンドにはない贅沢である。しかも三者三様の味わい深さがある。
まずLevon Helmは体裁が良い。初めてライブの映像を見たとき、ドラム叩きながら歌えるんだって思った。そして声が良い。この人にしかない歌声を持っているから、ドラムを叩きながらでも歌うほかなかったのだろう。ドラムの音も良い。ドタドタしてる。
Rick Dankoは地声が軽やかなハイトーンだ。The Band の三人のボーカルの中でも、彼の歌声が最もキャッチーな気がする。重く渋い曲の多いなかでも、わりとキャッチーなStage frightやIt makes no deferenceなどの曲があてがわれている。あと3人の中でフェイクが最も激しい。
そしてピアノのRichard Manuelこそがバンドのリードボーカルである。ホワイトアイドソウルと言われたり、Ray Charlesを引き合いに出されたりするが、とにかく本当に良い声だと思う。この声なら、きっと何を歌っても音楽になるだろう。
シンガーソングライター兼ギタリスト
本来、歌の上手い人や声の綺麗な人がボーカルを取るというやり方が、良い音楽を作る方法としては正攻法のはずだ。しかしそうではなく曲を作った人が歌うという、いわゆるシンガーソングライターとかロックバンドのようなスタイルの台頭は、結果としてポップスのボーカルの質を変容させた。
Robbie Robertsonは良い曲を沢山書いたが、それと同じくらい偉大なのは、自分でそれを歌わなかったことではないか。
本当は自分も歌いたかったんじゃないかと思う。彼からは主役へのあこがれみたいなものをほのかに感じる。
しかしThe Bandでは自分の作った曲には最適なボーカリストを割り当てた。それがベストだと判断できた。ただそれだけで十分この人はバンドに貢献していると言えるが、さらに控えめなバッキングでその歌を支えつつ、ちょくちょく面白いギターでレスポンスもする。
彼以上に愛すべき存在はいない。
オルガニスト
The Bandのメンバーの中で唯一、私が生の演奏を観られたのは、Garth Hudsonだけだ。腰の折れ曲がったおじいちゃんがキーボードに囲まれながらモソモソと動いているのを見ながら、延々と聴いていたい気持ちになった。本当に良かった。もうお年だから日本には来ないだろうか。
バンドにおける彼の役割は、アニメーションで例えるなら背景画だ。美しい背景は物語の主役ではないが、ふとした瞬間に圧倒的な存在感に発する。
面白い音をたくさん持っている人だと思う。特にThe Bandの1枚目ではRobbie Robertsonと対になるようにして素敵な音を繰り出している。
私にとって、オルガンやシンセサイザーに興味を持つきっかけになった存在である。
バンドの音としてのThe Band
ボーカルを取らないギタリストとオルガニストの演奏がボーカル同等に個性的なため、5人のメンバー各々の貢献度合いは均等である。誰が欠けても成立しないバランスを保つ姿は、バンドのサウンドとしてのあるべき姿を体現しているようである。
The Last Waltzの映像を観て、他の誰かを主役に招いて黙々と引き立て役に徹する彼らの姿はとても格好良く見えた。一人の絶対的なヒーローを支える他数名というようなバンドの在り方ではなく、主従が次々と流転する構造にThe Bandの魅力があり、恐らく彼ら自身もそれを自覚していたと思う。
The Bandが見せる夢
The Bandの音楽を聴きながらここまで書いて、つくづく、ポップミュージックというのは増幅回路が見せる夢だと思う。
彼らの持つアメリカーナの再現者としての一面も、当時のメインカルチャーへのアンチとしての一面も、そして田舎の家に集まって音楽を楽しむ仲の良い家族のような一面も、どれも嘘ではないだろう。
しかし彼らの特色としてアピールすべく演出された部分も当然ながらあったと思う。ましてやGarth Hudsonだけを一人の観客として観ただけの私には、現実の彼らがどうだったのかなんてわからない。
現代において、様々な言論によって付与された印象をもって彼らの音楽を聴くのは楽しいし、私がそうだったように、新しい世代が彼らの音楽に興味を持つきっかけになるだろう。
しかし一方で、彼らが残した音楽はもっと単純に楽しめるものだとも思う。
別に歴史や背景や、私が上に書いたようなことは全く知らなくてもよい。最初はよくわからなかったとしても、実は難しくない。
ちゃんと聴き続ければ、この人たちの提案した音楽の面白さに誰でも気づくと思う。