見出し画像

ギターの「鳴り」とは

このギターは鳴りが良い、とかいう言い回しを目や耳にする機会が多いが、なんだかよくわからない。
一般的に「鳴り」とは「音」を指す言葉であるため、当然ながら鳴りが良いとはつまり音が良いということになる。
ここでは、ある楽器についての評価として「音が良い」と述べれば済むところを、なぜ「鳴りが良い」と言う人がいるのかを推察してみた。


「鳴り」の実際的な意味

鳴り≒音というのは上で述べた通りだが、この2つの語の実際の使い回しは異なる。

「音」とは、物体を伝わる波(音波)のことであり、耳に入って知覚・処理される情報を指すのに対して、「鳴る」とは「音を出す」動作を指す。例えば鐘が鳴る、部屋が鳴る、というように音源の動作の結果として音を発することを指し示すのが「鳴り」という言葉だ。つまり何かが「鳴る」ことによって放出される「音」を我々は聞いているということになる。

(なお、音が鳴る、と言う表現は日本語として正しいのかはわからないが、時間を経て隣接する空間に伝わる疎密波としての音波の振る舞いを表していると考えると面白い気がする)

さてそのような2つの語の使われ方の違いを踏まえれば、楽器の能力を推し量るのに「音」ではなく「鳴り」という言葉を使いたくなる心境は理解できてくる。音源から放たれた後、空間を伝わり耳に入り鼓膜を揺らし、更には脳内で何かしら処理をされた複雑な情報としての「音」よりも、音源の動作のみに焦点を置いた「鳴り」は、言葉の示す意味的にはいくらか純粋である。


売り文句としての「鳴りの良さ」

「音の良さ」は個人の感覚次第であるために何ら宣伝文句には成り得ない。そこで「みんなに共有できそうな良さの指標(っぽいもの)」として「鳴り」という言葉が導入されたのかもしれない。

例えば楽器店に来た客の立場からすれば、店員さんから「音が良いですよ」と言われてギターを勧められても「音の良さって個人の感じ方によって違うから参考にならない」と思うところを、「鳴りが良い」と言われるとなんだか自分の思い描く良い音がするように思えてしまう。
それは「鳴り」という語の持つ純粋さゆえだろう。

やがてそうした売り文句は顧客にも浸透していく。アパレルファッション業界のように、商品を売り出す側が生み出した言葉を、消費者側も自然と使っていくことになる。
テレキャスターやストラトキャスター等の固有な商品名は言うまでもなく、その道に詳しい、いわゆる"通じている"人間の使う言葉・言い回しというのは、そうではない人間にとっては画期的かつ魅力的に響くのが常であり、我々消費者は業界人と同じ言葉を使いたい欲求を抑えることができない。憧れのギタリストが使う言葉であればなおのことである。
その意味において、消費者はボキャブラリーを売り手側に支配されているとも言えて、意味がよくわからないまま「鳴り」という言葉を使ってしまったとしても不思議ではない。


良く鳴る≠鳴りが良い

この2つの言葉に厳密な違いはないが、微妙に意図が異なるような気がする。
例えばこのギターは良く鳴ると言ったとき、音量が大きいことを表現することが多い。一方でギターの鳴りが良いと言ったとき、それはどちらかというと音量ではなく音質・音色に言及していることが多い。

「よく/よい」という言葉は、多くの意味を持っているために、「良く鳴る」と「鳴りが良い」は、似て非なる言い回しとなっているため、混同しないように注意が必要である。


エレキギターの「鳴り」

鳴りが良い=音が良い、としてここまで話を進めてきたが、ことエレキギターに関しては、この等式が当てはまらないとする主張が根強く存在する。
その根拠は、一般的なアコースティック楽器に対してエレキギターの発音方法が複雑なことによる。

一般のアコースティック楽器が本体から音を発するのに対して、エレキギターでは弦の振動による磁界変化をコイルで検出して電気信号に変換した後、スピーカで音波に変換する。つまり主として音を出す(鳴る)のは、ギター本体ではなくスピーカである。

エレキギターにおいては、ギター本体と増幅回路およびスピーカといった構成要素から成るシステム全体を、いわば一つの楽器として見ることができる。そのシステムのうち増幅回路とスピーカから切り離されたギター単体状態での「鳴り」は、必ずしもスピーカから出る音の良し悪しを左右しないというのが、「鳴りが良い≠音が良い」論の理屈である。

しかし一方で、システム全体のうちギター本体以外の要素は主に音を大きくするための装置であるため、音色の良し悪しはあくまでギター本体に左右されるという立場からは、ギター単体での「鳴り」は極めて重要であると考えられている。

個人的な意見としては、ギター単体が「良く鳴る=音量が大きい」かどうかは、重要ではないと考えている。なぜならギター単体での音量とは関係なしにギターの音量は電気的に増幅されるからである。
しかしギター単体の「鳴りの良さ=音色の良さ」は少なからず出音と相関があると思う。


それでも「鳴り≒音」

この記事では、いまいち意味の不明瞭な「鳴りが良い」という言葉について、鳴りが良い=音が良い を出発点として、「音」と「鳴り」の言葉としての使われ方の違い、売り文句として「鳴り」が使われだした可能性とそれが消費者にすっかり浸透したこと、更にはエレキギターにおける鳴りについて私見を述べた。

色々書いたが、結局のところ多くの人間が最終的に「鳴り」の良さを判断するために必要な情報は「音」である。周波数解析の結果のみで確信が得られるわけではない。
はじめに書いた通り、「鳴りが良い」は、「音が良い」なのである。

いいなと思ったら応援しよう!