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φ

私たちはここでこうして死んでいくの。
完全には同意できない、と僕は言う。彼女は視線を一段階強くして、僕の続く言葉を待つ。少し時間が経つ。根負けしたように、まだ分からないよ、とだけ僕は言って、朝の光を部屋に招き入れようとカーテンを開ける。十月の空は下地からきちんと仕事した塗装のように、なめらかに青い。
湯を沸かし紅茶を淹れる。彼女は立ったまま、椅子に座ろうとしない。座るという行為を忘れてしまったように自然に直立している。
テーブルには置かず、ティーカップを手渡しする。把手を彼女に持たせるために僕は胴部分を掴まざるを得ず、熱い。熱さに耐えきれなくなる寸前に彼女は紅茶を受け取ってくれる。僕は渡した後の手を眺めながら、熱さを感じる器官について考える。少なくともそれはまだ生きている。
凝ったカメラアングルで撮られた映画のような奇妙で美しい不自然さで、僕たちはダイニングで互いに向き合わずに位置し、紅茶を立ったまま飲む。イングリッシュブレックファースト。僕は湖水地方の瀟洒なホテルが火に包まれているさまを克明に思い浮かべながら、香りを感じる器官についても考える。草原の花、燻製小屋、籠に盛られた柑橘、焦げていく砂糖、そして何もかもが焼け落ちるイメージとその幻香。
僕も立ったまま紅茶を飲むことになる。左手にソーサーを持っている。テーブルに置かれることのなかったソーサーとそのソーサーに置かれることのなかったティーカップ。はかないほど薄い磁器。飲み終えた彼女が僕のすぐ横を通ってキッチンに向かおうとする。彼女の服の袖口の生地が触れるか触れないかの距離で、僕が持つソーサーの真横を通り過ぎる。
彼女がカップを洗う音がいつもより高く、はっきりとした輪郭で聞こえる。もうほんの少しだけ力を入れれば彼女の手の中でカップはあっさり割れてしまうだろう。割れたことに一瞬気づかない指先は洗う動作をそのまま続け、尖ったカップの破片に向かって進むだろう。そして致命的ではないが一生消えない傷が残るのだ。
彼女はカップを洗い物かごに裏返して置き、一瞬だけ僕に目をやってから自室に向かってダイニングを出ていく。その背中が、私はもうここを出ない、と呟くけれど、それが誰に向けて発せられた言葉なのか僕にはわからない。そして「ここ」というのが何を指すのかも正確にはわからない。この家なのか、彼女の部屋なのか、それとも彼女自身を示しているのか。

別の空気がどうしても必要になり家を出る。タブレット端末だけをそのまま手で持ち、鞄などは何も身につけない。
後ろから走ってくる子どもたちが僕という杭を迂回する水流のように追い越していく。朗らかな足音はたてているのに、歓声どころかどの子も声ひとつあげない。そのまま速度を落とさず前進し、前方の角でイワシの群れのように隊列を乱さぬまま右折してゆく。
音。この世界は少しずつ静かになっている。最近僕は毎朝、夜中じゅう降った雪が積もった朝のように目覚める。
自動車のエンジン音、時報代わりの夕方の音楽、拡声器を通した誰かの主張、携帯電話の着信音、子どもの騒ぎ声、それを嗜める大人の声ーー。省けるもの、無駄なもの、有用性を失ったもの。それらはその存在を少しずつ小さくしていった。
前より静かで前より理にかなった持続可能な世界。しかし本当は皆知っていた。削ぎ落とされたものたちの中にこそ、僕たちは生きていたのだということを。
通りに面した薬局の扉が開き、異国の地に着いた列車から降りたような表情で老婆が足元をふらつかせつつ出てくる。転びそうな危うさよりも、ともすれば風で飛ばされてしまいそうな不安を感じさせる薄さ。水分を失い切った植物のような。先週会った時よりもさらに小さくなった気がする。彼女の母親だ。
僕はうまく目線を合わせるために回り込むような歩様でその老婆に近づくが、気づいていないのか覚えていないのか、際立った反応を示してくれない。仕方なくやや大きめの声で「お母さん」と呼びかけると、その声はそこら一帯に響き渡るように思える。
老婆の脳は僕という存在をやっと処理する。曖昧な挨拶と曖昧な安否確認、居心地の悪い時間。そして、僕と彼女が住む家のほど近くにあるマンションに老婆は帰っていく。薬が詰まったビニール袋を抱える後ろ姿をしばらく眺めながら、刑期を終えるのを待っているようだ、と思った。
強い風が吹いて目に埃が入る。小指で目をこするが右目に異物感が残る。視野は、仮に奪われていたとしてもなかなか自覚しづらいものだ。いずれにせよ、道の先にもう彼女の母親の姿は見つけられない。道の先まで僕が見渡せているのかも、わからない。

何度か先客がいて失敗し、やっとベンチに腰を下ろせる公園を見つけた。同じベンチはもちろんのこと、隣のベンチに他人が座っているのも耐えられない僕は、家からかなり離れたところに仮の居場所を設定した。
一瞬雨で濡れていたのかと勘違いするほど座面は冷たく、靴を隔てても地面から冬の予感を感じさせられる。夏は空から来て、秋は風に吹き流されて去り、冬は地面から忍び寄る。
僕はタブレットを開き、絶対に返信が返ってこないことを知っているアカウントにメッセージを投げる。とりとめのない、うわごとのような文章。クオリティは低いのに何度も何度も書き直しが必要で、直しても一向に良くならず、書きたいことからどんどん離れていった成れの果ての文章。ただただ時間を空費し、尻だけが冷えてゆく。毒物を飲み下すような思いで送信ボタンをタップする。
風はまだ弱く、空気も澄んではいない。ただ、そのうち冬は来るのだろう。その後は春もきっと訪れる。全ての期待は二度と目に触れないようしっかりと梱包してレンタル倉庫に発送したから、ここにはない。残っているのは正気では期待という言葉に分類できない荒唐無稽な妄想だけだ。
しばらくして返信メッセージが来る、敢えて時間を少し置いて返す「会いたい」、短い返信、即座の移動、どこだ、そうファミレス、ファミレスでいいや、そこで再会。粗雑すぎる空想に自分で辟易する。
公園を出て、少しの間どこに足を向けるか途方に暮れた後、結局家に向かう。
狭い道で背後から電気自動車なのかハイブリッド車なのか、エンジン音のしない乗用車が忍び寄り、僕の横スレスレを追い抜いていく。車の通らない道を選ぶ。民家の軒先の植栽を眺めると、植木鋏が刃を目一杯開いた状態で土に浅く刺さっている。今にも倒れて足元に落ちてきそうだ。太ったネズミが入れそうにない穴を楽々とくぐり抜けて誰かの家の軒下に侵入してゆく。タイヤに踏み潰されて鳥らしきものが死んでいる。もちろん返信は来ない。
彼女の言う通りかもしれない。
僕たちにはこなすべきタスクという意味以外での未来はなく、「お前は何を待っているのだ」と問われた際に死以外の答えの選択肢がもてない。
ボーナスステージは終わった。僕たちは深海で熱水噴出孔に群がってそのエネルギーを転用して生きていたようなもので、噴出が止まってしまえばただ滅んでいくだけなのだ。今更太陽の力を借りようにも海面は遥か遠く、滅んだところでこの宇宙全体にはなんら影響がない、独立した生態系。
そのように僕たちは、ただ終わろうとしている。
何の飾りも言い訳も闘いも見せ場もなく。

失ったものは数えきれないようでいて、結局は一言で表せるような、束や鞘が宝石や彫金で複雑に装飾された短剣のように、端的に致命的な何かだ。
世界は壊れ始めていて、あの人は完全に去り、彼女との関係も不可逆に変化してしまった。それだけは絶対にあり得ないと考えていた。想像すらもしなかった。僕は帰宅を告げるべく彼女の部屋に向かいかけて、踵を返した。
キッチンには洗い終えた彼女のティーカップと、洗い忘れた僕のティーカップとソーサー。上にカップを乗せても実はしっくりとはまらないソーサー。
それを二人で買った記憶はある。でもその記憶を、描写することがもうできない。
祈るようにタブレットに保存された写真で記憶を遡っても、言葉として紡ぐことがどうしてもできなくなってしまったのだ。あるいはそうした言葉はその時点で紡ぐべきもので、今失われたわけではなく、すでに僕が機会を逃していただけなのかもしれない。ずっと昔に。
φ。
僕はもう一度彼女の部屋の扉の前に立つ。そして言葉を紡ごうとして失敗する。
僕かつ彼女、それは空集合。

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