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焦がれる
恋愛脳。呆れた様子を隠さず彼が私を評する。
得意先を接待する食事会を終えて相手方を見送った後、自社の人間がお互いを労ってから解散する段に、彼を捕まえてバーに誘った。お酒の趣味とそれにかけていいと考える金額が合う人はなかなかいないので私は彼を重宝していて、何度か一緒に行った店で互いにお酒と向き合う時間を過ごそうと思っていたが、彼はもう一人誘おうと言う。
こちらに異存はないけど来る人いるかなと言うと、昨今は上司部下が男女二人で呑むなんて問題になりかねませんからね、と素早く後輩の女の子を誘う。ふむ、確かにそうかもしれないが彼女は美味しいお酒以外は何ひとつ提供されない(正確にはミニプレッツェルとチェイサーのお水は出る)あのお店を楽しめるかしらなどと心配していたが、お店に入ってみれば横に座る彼女がダイキリに感動している様を見てきゅんきゅんしているのだった。この店はカクテルも絶品なのだ。
そして下世話が服を着て歩いているような私は、こんな可愛らしくかつ真っ当なお酒好きという掘り出し物件を彼はどう思って誘ったのかと勘繰りたっぷりに尋ねて、呆れ果てられたのだった。
そういうの、ほんとうにどうかと思いますよ、右隣に座る彼は、精神の80%は目の前のシェリー樽仕上げのモルトに集中しつつ、こちらに視線もよこさずに言う。左隣の彼女は彼女で、今度はもっと甘いもので、アルコールは強くても大丈夫です、あ、果実っぽさはなくても、などとすっかり正しいバーコミュニケーションを身に付けて2杯目を注文している。
その間で宙に浮くような格好の私は、持ち前の図太さを発揮してめげずにお酒の瓶の写真を撮っている彼に話しかける。前も撮ってたね、ずっと?
そうなんです、と彼はスマートフォンのアルバムを開いて私に画像群を見せてくれる。そこには彼が好きで今も楽しんでいるウイスキーだけでなく、ワインや日本酒のラベルも写っていた。正直他人が呑んだ記憶にそんなに興味をもてなかったけど、その後の彼の話は興味深かった。
こうして見返すと、やっぱりウイスキーは自分にとって特別なんだなと思うんです。ワインや日本酒の写真にも、それぞれ思い出はあるんですが、写真を見るとなんだか死体みたいに僕の目に映る。ぬけがらなんです。美味しかったのは間違いないけど、圧倒的に過去に属するというか。その点、ウイスキーは違います。
どう違うのか私は尋ねる。左の彼女もいつの間にか興味深そうに彼の話に耳を傾けている。やっぱりワインみたいな食中酒だとお酒だけに向き合いにくいから思い入れが薄くなるのかしらという私の推論に、彼はそれはもちろんあるとしながら、自分のグラスを指差して、
このウイスキー、たぶん一年振りに飲むんですけど、と言ってバーテンダーを見る。バーテンダーは無言で頷く。そう、ウイスキーだと前も飲んだ同じボトルを、こんなふうに時間があいてからも飲めるんです。
ワインや日本酒は一つのボトルがそんなにはもたないし、同じ銘柄の別のボトルは、やはり違うお酒だと感じる。だから過去に呑んだワインなどの写真を見ても、既に関係性が終了してしまっているものとして、遠く感じる。
そのように説明して、一年振りに会った目の前のボトルを愛おしそうに眺める。
あなたにとってウイスキーは、また会いにこれるお酒ってわけね、という私の言葉に彼は笑顔で、そうですね、会えないことの方が多いけど、会える可能性があるのがいいんです。
左の彼女がやや揶揄を含んだ調子で彼を、意外とロマンチックなんですねと評する。彼は少し照れて、しかしそれを隠そうとする。
私は彼女に、この人、一期一会でとっかえひっかえするよりも、ステディな関係を求めがちのようだけど、どう? と訊いて、
恋愛脳、と同じ言葉で別の人間から、今夜二度目の軽蔑をされる。