動植事典(増補) 1
ヤミ【やみ】
古来、真っ黒で大きな鼬の姿で描かれることが多いヤミだが、もちろんその正確な姿は誰にもわからない。光を食う(掃除機が塵を吸い込むように食うというが、これも通説にすぎない)ヤミの輪郭を光学的に捉えることは不可能だ。
ヤミの姿で唯一はっきり視認できるのは肛門(あるいはそれに似た排泄器官)である。ヤミは14日と6時間ごとに一度、排泄をする。これは一見その輝きから無数のカットが施されたダイヤモンドのように見えるが、表面は滑らかで完全な球体をしている。直径3〜5㎝ほどのそれを排出した瞬間の光は一瞬ヤミの一部を照らし出すが、彼らはすぐにその場から逃げ去ってしまう。
排泄直後は無限の光が中に閉じ込められて内部で反射を繰り返しているように見える球状の“糞”は、しかし次第に輝きを失い、14日と6時間後には完全な透明な物体になり、それとともに周囲と隔絶していたガラス質の輪郭も消失、物体として消滅する。その儚さもあってか、人は長い歴史の中でこの“糞”に魅了され続けてきた。この排泄物が巻き起こした凄惨な悲劇は枚挙に暇がないが、本項はそれを語るべき場ではない。
信頼性が高いとは言えない古い文献や言い伝えには、ヤミを捕らえて家屋の屋根裏に飼うとその家は栄える、などの言説を複数確認できるが、ヤミを捕獲した者はもちろん、触れた者もいないというのが先のアントワープでの非視認生物学会での結論だ。
大きさも本当はまちまちで、光を吸収する物体、つまり黒い物の表面には無数の小型のヤミが存在するのではないか、などと筆者は考えたりする。彼らの排泄物はあまりにも小さすぎて視認できないが、人を知らず知らずのうちに魅了し、何も見えない暗い深淵に誘ったりしているのではないだろうか。
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