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警察からは感謝状

こりゃ今日は死ねねえな。

こういうのはタイミングなのだ。また別の機会を待とう。

残念な気持ちはあるけど、それよりも面倒くささが上にくる。懸命になんか喋ってるこのおじさんに、それなりにあたしが死のうとしてた納得のいく理由をでっちあげて、それなりの涙と叫びで愁嘆場を演出して、終生の自慢話にできる自殺阻止の成功体験を与えてあげないといけない。ああ、面倒くせえ。

泣くのは簡単だが(それなりに哀しみはいつも抱えてるし)、後でこのおじさんのおかげで一旦落ち着いたように見せるため感情の昂らせにはコントロールが必要だし、死ぬ理由も適度に共感できるけど実際は理解できないような物語がいるだろうし…いやあ、それにしても興奮してんなーこのおじさん。状況と自分に酔っちゃってんのかな、あ、それは意地悪すぎるか、優しいんだよね、たぶん。

思い切ってセックスを申し込んで、その反応を見たいな、という気持ちが持ち上がってくる。この立体駐車場はほとんど平日は人が来ないし(だから選んだのに、なんでおじさん来ちゃうかな)、裏階段は誰も使わないから場所は問題ない。おじさんの顔はまったく好みではないし、何ならさっきから臭いも気になってるんだけど、悪くない気がする。なんか人生がどうだとか言ってるおじさんが、どんなふうに必死に腰を振るのか、見てみたいかも。

でもなー、結局男は挿れちゃうと一緒なんだよなー。「俺は必要とされてる!」って嬉しさと満足感でいっぱいになって、可愛いっちゃ可愛いんだけど、テクがあろうが、保ちがよかろうが、モノのしなやかさがしっくりこようが、全員おんなじ顔に見えてくるんだよね。

話すタネが尽きてきたのか、おじさんの話が2周目に入ったような気がしたので、あたしはとりあえず泣いておじさんに抱きついた。くせえ…。「うまく言えないけど」という言葉を連発して、なんとなく理由めいたものを話して、感謝して、大丈夫…だと思う、なんて少し相手に心配の余地を残すことも忘れないで。

セックスはしないことにした。抱きついた時に受け止めた腕の感触がほんのりキモかったからだ。あたしは自分がしたくない時にはセックスできない。絶対にしたくない時はそんなにないけど、キモく感じたら絶対にできない。どんなにお膳立てされてても、たとえそのお膳立てが自分がしたものでも。

逆に、お膳立てがあれば、いつでも死ねる。今日は空の青さが良かったし、風もちょうどよかった。いつものプレイリストの音楽が、いつもよりはっきりとした輪郭でイヤホンから聞こえた。うってつけの日だと思った。理由なんてない。あっても説明できない。説明できても説明したくない。

エレベーターで1階まで下りながら、おじさんはあたしの家まで送ると言った。親と話すとか言ってる。そういや親と不仲みたいなことをでっちあげてしまった。貧困っぽいこともほのめかしたかも。でもうちは家族仲良しだし、家もけっこう裕福だ。おじさんのスーツの生地こそ安っぽくて可哀そうなのに、あたしは嘘の境遇を哀れられている。

怒りが湧いた。いつまで馴れ馴れしく臭い手で肩抱いてんだよ。あんたはあたしの最高のエンディングを阻んだ邪魔者なんだよ、自覚ある? 思わず肩の手を払ったら、おじさんは意外そうな顔をして、ほんの少しだけだけど怒りの表情を見せた。すぐに隠したけど、あたしは人の怒りに人一倍敏感なので、分かるんだ。下に見てた哀れな子犬に急に嚙みつかれて腹立った? そんなつもりじゃないのに、って思った? そんなつもりかどうかはあんたが決めるんじゃない。あたしが感じることだ。

ま、善意の人ではあるんだろうから許したげるけど、二度と顔を見せないでほしい。そんで自分のしたことを手柄のように周りに話し聞かせるがいい。鼻高々で。実際は全然違うのに。その愚かさに気づきもしないで。そうやって醜く死んでいくのがお似合いだと思う。

私はいつか美しく死ぬ。

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