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22年のなにか

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2022年に書いたもの フィクションです
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2022年10月の記事一覧

宵前崖上逍遥

高台沿いに延びる道は両側に商店などが立ち並び、此れと言って目を遣るべき風景も見当たらないが、省線の切り通しを跨ぐ橋を渡る時には線路方向へ視界が開け、丹沢からその奥の富士までも一望できる。冬風が帝都の澱んだ空気を海へ押し流し、雑然とした街並みにくっきりとした輪郭を与えてそれなりの絵に仕立て上げている。 橋の名の通り、暫時富士見物を楽しんで居ると、足元を列車が通り抜けて行く。その音に怯えたのか、欄干で弛緩し切っていた三毛が機敏に飛び降りて駆け去ってしまった。瞬く間に金物屋の軒下に

ya tienen asiento

国境線の上をなぞる尾根歩きは見晴らしも良く足は軽快に進んだが、飾り気のない頂上で尾根道は尽き、私は少々の逡巡の末、左のほうの下りの道を選んだ。しばらく歩くと灌木が周囲に現れ始め、そうかと思ううちに道は深い森へ入った。 もう5日ほど人を見ていなかったので、急に視界が開けて下方に村落が見えた時は、幻ではないかと疑うほどだった。 今夜はまともな寝床にありつけるかもしれないと、小川沿いの道を歩を早めて下る。水汲みだろうか、頭に木桶を載せた少女を追い越す。と、違う。追い抜きざまに振り返