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詩「唯そんな毎日が」

そのことばを産んだ背後に、

いったい

どれほどの

痛みや

かなしみや

憎しみや

悪意や呪いを

凝縮したものが

存在していたのかと

思う。

彼は

それら全て

飲み込んで

背負って

いったいとなって、

やみそのものになって

棄てられたのだろう

今なら

そのことが

なんとなくだけど

わかる気がするよ

僕の内側では

今日も

みにくい思いが

わいているのだから、

でも、

その代価は

ぜんぶ

いっさいがっさい

支払い済みで

ぼくらはただ

そのことを

喜んで

躍り回れば良いとおもうよ。

彼は甦られた

あの深みから、

だから、

もうその愛から

僕らを引き離すものは

なにもない

その事に気づいたら、

喜ぼう

唯喜ぼう

そうすれば、

かみさまも

一緒になって

喜ばれると

思うから。

これからは

ただそんな毎日が

待っているよ。

・そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」(ルカの福音書23:34a)

・そして三時に、イエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」訳すと「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マルコの福音書15:34)

・イエスは酸いぶどう酒を受けると、「完了した」と言われた。そして、頭を垂れて霊をお渡しになった。(ヨハネの福音書19:30)
※十字架上での、イエス・キリストの言葉



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