俺たちは西片(高木さん)にはなれない。
さて、今日は早起きして、「からかい上手の高木さん」を観に行った。
映画館にいくのって久しぶりだ。
と思ったが、今年のコナンを観ていたので2ヶ月ぶりくらいだ。
大学生の頃は映画館でバイトをしていたので、毎日のように映画館に行っていたのだが、社会人になると、休日に時間をとって映画館に行く、みたいなことは避けてしまっていた。
ただ、今泉力哉監督の映画に間違いはないという信頼と、永野芽郁が彼女に似ているという理由で、軽率に足を運んでみた。
朝の9時の上映回だったので、人はまばらだったけど、わざわざの平日のこの時間に映画館に来る人たちの健康的で澄んだ感じが心地よかった。
映画もめちゃくちゃに良かった。
監督の撮る映画がシンプルに好きだということもある。
しかし、観るまでは西片と高木さんのピュアな感じ、からかい・からかわれる関係が大人になっても続いていたとして、そこにある種のイタさがあるんじゃないか、みたいな懸念を抱いていたけれど、それは杞憂に終わった。
高木さんは変わらずにいたんじゃなくて、変わらないでいることを選んでいたんだろうな、と思うんだ。
なぁ、お前ら、分かるか?
おい、西片、聞いてるか?マジでよ。
う〜ん。みんなにも見て欲しいからあんまり言わないけれど、最後教室で二人で話すシーンが本当に良かったんだよな。あとはプール。
ずっとニヤニヤしてるかうるうるしてるか、あるいはロケ地の景色綺麗すぎるな…と思っていた。
心が忙しかったけれど、物語自体は暖かみや優しさを持ってゆっくり進んでいくところが良かった。
10年の年月を経て、答え合わせをするような物語だからこそ、そこにスピード感っていらないんだよな、と思った。
今泉力哉監督の作品は、観終わった後に人を愛そう、という気持ちになれるから本当に好きだ。
「愛がなんだ」も「街の上で」も「窓辺にて」も「ちひろさん」も(観れていないものもたくさんある)、それぞれ描き方も物語の展開も違うけれど、観終わった後に誰かを想う気持ちって尊いなって思える。
作品の中の綺麗事とか、物語のご都合とかじゃなくて、そんなのはとっくに飛び越えて、綺麗でも醜くても、上手くいってもいかなくても、その気持ちの尊さを教えてくれるんだ。いつも。
俺たちは西片でも高木さんでもない。
ヒーローでも悪役でもない。
手の届かない世界はたくさんある。
人生は短くて、死に方すら選べない。
だけど、心に誰かを想う気持ちくらいは持てるんじゃないか。それを持った上で毎日しんどくてもその気持ちに嘘をつかずになんとかやり遂げられたらいいんじゃないの、って。
そう、思いました。
要は少し、前向きな気持ちになれました。
心がポカポカになりました。
そのあとサウナにも行って、体もポカポカになりましたとさ。
おしまい。