動画クリエイターの今、ありがとうは誰に?
普段は、特別養護老人ホームで夜勤専従として所属し、空いた時間に副業として動画クリエイターを目指し、LCAというほかにないちょっと違うアカデミーで個人で生きる奥義を学んでおります。
今日は、書きたい事を結構つぎ込みました。自分の振り返りとした日記風でもあり、発信をしたいと思いました。なんやかんや2400文字を超えてしまっております。無理のないようにお付き合いいただければと思います。
それでは、よろしくお願いいたします。
1⃣.【 ~動画クリエイターを決意し振り返る~ 】
今話題のネット広告から、今の現状を脱却して生活を変えたいと思い始めた動画クリエイターの道。あれはたしか昨年2020年の6月のことでした。
いいなと思ったその情報の中の空気感に惹かれ、これこそ逃してはならないタイミングだと思い…
今思えば営業手法のひとつでもあるのですが、食いいるように日をまたいで繰り出される案内を見逃すまいと思ったものでした。
その先、最終決断前の受講料を知った時、究極の選択に差し掛かりました。
【 やるかやらないか。 】
自分にとってのやる選択は、とても可能性のあふれたものとなり、
やらない選択はこれまでの働き方で自分を発揮することなく維持するだけ。
そんなイメージを引っ張り、申し込みボタンを押しました。
その時の決断は、自分を信じてよかったと思いました。
妻には、事後報告となりました。絶対に悲しませたくない。
そう決め、妻への寄り添いも同時に始まりました。
前置きはここで置いといて、本題に💎。
そのスタートから、今単純に10か月が経ちました。本当に早いものです。
それで、自分の実力は?
少なからず、僕を知る周りの人はそこだけには、関心あることだと思います。
そこで、ぶっちゃけたくなりました。
多くの人は、そこは出しづらいものかもしれません。
動画を自分の武器する ⚔
を決め、仲間と出逢い、共に学び、共にチャレンジし、そして繰り返し繰り返し動画作成の課題に向き合おうとしたもののこれまで、1つも形になっておりません(;^_^A。
しかし、今思うのは、決して動画でないときめたからではありません。むしろ動画は本当に素晴らしいと思っていますし、このLCAのアカデミーで学ぶ意義の大きさは、更に倍増しております。LCAの決断から、どれだけ真新しい風に触れ、人と縁を頂き今があるか・・・
本当に良かったと思っております。
このアカデミーで、学んだとことして
「個で生きていくにはブランディングが大切」
ということ。
講座の中の大切にしている技術的なコトよりも前に学ぶことですが、自分を見つめ、自分のすべてを洗い出し、それを客観視することでわかることに丁寧に向き合い、得意・不得意・自分が喜ぶこと、そんなことなどを拾い上げていった先には、自分はこれで行く。これで行きたい。という心からの与えられた使命のような役割が見えてきます。
そうこう繰り返しているうちに、やりたい事が湧き出てきて、今は情報に押しつぶされることなく、焦りなく、心が求めることにひとつずつ取り組んでいるような感じであります。
周りの情報などに惑わされず丁寧に向き合う自分がいます。
安心感があるのです、とても心が落ち着いているのです。
今は、表現することがとても楽しいと感じています。
それにかけるお金、時間、エネルギーはとっても自分が歓喜するものとなっています。
悩み悩んで、うまくいかなかった、
人に迷惑をかけた、期待を裏切った、自然体でいられなくなった。
そんなことも、はやく、脱却しようと見ないようにするのではなく、
向き合ったからこそ少しづつ見えてきたようです。
その大切さを学ばせていただきました。
2⃣.【 ~ 表現する ~ 】
自分にとっては、話すよりも、文章にする、デザインにする、写真におさめるをやりたいと思いました。
そして、軽く引き受けたホームページ作成、とてつもなく労力を要しました。悩みに悩みました。
人の力を借りました。
けど、完成形には程遠い。3か月以上時間を要しました。
しかし、自信につながりました。
そして、今、ようやく、動画作成が出来そうです。
妻に応援されながら、購入させていただいた大切な一眼レフ(GH5)。
しばらく、眠ってましたが、さいきん思い立った時には、大切な相棒として共に出かけます。
うまく撮れていない経験をして、ようやく自分の表現したい仕上がりができてくることに喜びを感じるようになりました。
僕も、はやく皆さんにお披露目したい、そんな想いです。
いや、皆さんでなく一人の人で良い。
その人に届いたら、それでいい。
そして、収入はあとからついてくるものだと信じます。
目の前の人に届けられて初めてつながるもの。
3⃣. 【 ~気づいたこと~ 】
これまで、やりたいことに取り組んだ時に、制止しようとして存在するちっちゃなもう一人の自分。無意識にしてしまう行動がそうなんだと思います。無意識に訴えかけていたことなのに見ようともしませんでした。
人のせい、社会のせい、親のせいとしていたのかもしれません。
実は、幼いころに受けた傷をいやす手段として、身体に備わる自然治癒力のように、自然発生的にそんなちっちゃなもう一人の自分が守ってくれていたことに気づきました。
もう、その一見邪魔をしているかのように見えるちっちゃなもう一人の自分とかかわるただ一つの方法。
認め、愛し、抱きしめるしかありません。
そう、そのもう一人のちっちゃな自分にありがとうなのです。
ようやく、本当の意味でのスタートが始まったのかなと思います。
目の前の良いことも、悪いこともすべては自分の中に答えがある。
そこに、気づき、立ち止まり、向き合い、問うてみて、
つながりを確認し、ハッとあらためて気づさせてもらう。
立ち止まることだけでも、尊いこと。
まずは、守ってくれたもう一人の自分にありがとうからです。
ここまで、読んでくださり大変にありがとうございました。
あなたにとっての今日一日が、かけがえのない一日となりますように。
どうかお身体をご自愛くださいませ。
読んでくれる人がいるからこそ 篠原寛