火曜日のマダムさん①
火曜日のマダムさんはリュウマチ。80代の女性。
きれいな白髪で髪型はボブ。耳の下できっちり整えられている。シワのせいでまぶたが垂れているけれど、瞳が大きく白目が見えないせいか?身のこなし方か?老人だけど女を感じる・・・何かが妖艶な感じの人だ。
私はマダムさんの全身の観察と入浴介助のため訪問している。訪問時間は60分。
訪問すると、マダムさんは椅子に座って足を組み、肘かけに頬杖をついて「ああ、あんた・・・よく来てくれたわね」と言って迎えてくれる。
マダムさんの椅子は、美輪明宏が座ってるような、背もたれが丸い扇みたいになっている籐の椅子で、”冷たいのがいやだから”薄紫の分厚いムートンがゆったりかかっている。なんだかゴージャス・・・”マダムさん”の由来はこの姿からつけた。
マダムさんは頬杖からの斜めの目線をこちらに向けて、私のことを「あんた」と呼ぶ。はじめは少し驚いたが、全体の雰囲気が昔の映画に出てくる女優みたいで、なんだかいい。「あんた」と呼ばれることは初めてだが、嫌な気はしない。
マダムさんは、リュウマチのため思うように家事ができない。寒さでリュウマチの痛みは強くなるうえに、血の巡りが悪いせいか冬はもちろん冷房でも手や足の指はしもやけになってしまうので、マダムさんの身の回りのことはすべて夫である”パパ”がしている。
”パパ”はマダムさんの夫だ。
パパは老いていること以外に体に不具合はなく、元気ですごくまめな人だ。マダムさんはそんなパパをみて「まったくよくやるよ」というが、その言葉には何やら”ふん”という思いがついている。
マダムさんは温かい風呂に入ると体の調子が良くなるらしく、機嫌よくちょー愚痴る。愚痴りすぎて長湯になるので腕時計を見ながら「そろそろ」と声をかけなければいけないくらいだ。
寒くないように暖房が効いて湯気でモワモワの浴室に、制服+魚屋みたいな入浴用エプロン姿はかなりきつい。ひとりで全身汗だく。体を洗ったり、風呂に入る介助なんかをしながら20分ちかくたつと、蒸気と愚痴でお腹いっぱいになる。「そろそろ出ましょうかー」と誘導して浴室のドアを全開にし脱衣所の空気を得てなんとか生き延びる。
風呂からあがり着替える途中「あんたとの風呂はいいよ。楽しい」「あんた汗だくだけど風邪引くんじゃないよ」「あんたも風呂入って行ったら?」などと心配されちゃうくらい汗だく。お風呂はマジで入りたいけど、昼休憩がなくなるので遠慮しておきますね。ありがとうございます。
入浴介助が終りリビングに移動すると、すかさずパパがマダムさんに水分補給の冷えた水を運んできた。「ああ、ありがとうパパ」「よくやってくれてるよ〜」
風呂で思いっきり愚痴ったせいかマダムさんはスッキリしている。パパのこともフツーにほめた。在宅療養中の夫婦円満の秘訣は(片方がいない環境で)思いっきり愚痴ることか。
自由に動けないマダムさんは一人になる場所も、愚痴れる相手も、今となっては無いのだ。
「またきまーす」といって退出しようとすると「ほら庭のみかん、ちぎって持って行きなさい」と言われ、マダムさんに見守られながら2つほどみかん狩りをして帰った。もらったみかんは大汗でビタミン不足のせいか?おいしかった。
つづく。
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