水曜日の根性ババちゃん①

根性ババちゃんはそろそろ100歳。大豪邸に住んでいる。

全身の観察、お風呂の介助と一週間分の薬のセットのため訪問看護に行っている。

根性ババちゃんは、いつも「困ったねえ」とぶつぶつ言いながら、90度近く曲った腰でゆっくりと杖で歩く。動くことに時間がかかるため、訪問時間は90分だ。

高齢なことと、歯がないこと、腰が曲っていること以外に病気はない。強いて言えば「いろんなことが思いどおりにならないのがイヤなのよ病」かもしれない。

根っからのお嬢様で自ら働いたことがないらしい。嫁に来た時もばーや、ねーや付きで、家事などいっさいしたことがないそうだ。

そのためか?性格なのか?根性ババちゃんの人使いは荒い。すぐそこの電気スイッチも他の部屋にいる人を呼んでつけてもらう。雨でも庭の掃除をしろと言いつけるらしい。おかげで家政婦を雇っても皆3ヶ月でやめてしまう。もちろん訪問看護師の私も使用人扱いだ。このあいだ「風呂上がりにコーラが飲みたいから買ってきて」と言われたが丁寧に断った。

私は心の中で密かに”根性ババ・・・ちゃん”と愛を込めて呼んでいる。

そんな根性ババちゃんを風呂に入れる時は大変だ。なんせ文句言われっぱなしだから。

「なんで弱い老人をこんなに歩かせるのかしら」「なんでこんなに段差が多いのかしら」「なんで風呂の床が冷たいのかしら」”そりゃあなたの家が大豪邸で、風呂は石作りで床暖いれてもすぐ温まらないからだよ!”などと心の中で笑顔を維持するための突っ込みを入れながらケアする。

広—い石作りの風呂は、訪問時からシャワーを出しっぱなしにしても(15分ほど)湯気でなんとか空間を温めるくらいが精一杯で、床までは全然温まらないのだ。「全く困ったねえ」とブツブツ言う手を引きながら浴室内へ。石の床は確かに冷たい。介護用風呂椅子に座り、大きめの湯桶に湯を溜め足をつけた状態で洗髪と背中を洗い流す。この時も何かブツブツ文句を言っているようだが、シャワーの音で聞こえない。ふり。

いざ湯船へ誘導。このときも歩行に介助が必要なくらいこの風呂は広い。

最難関の湯船のふちを越えて、じわじわ湯に浸かると、今度は24時間自動調節の湯加減の文句を言っている。風呂のふたがちょうど草津の湯モミ板のサイズで8枚ほど並んでいるので、1枚を持って「草津の湯モミだよー」と声をかけたら、フンと笑われてしまった。

この、文句言われっぱなしのケア中に、たった一つだけ癒されることがある。

根性ババちゃんが肩まで湯に浸かると、体がじわーっと伸びてくるのだ。腰が曲がっているのも多少伸びてくる。大量の水につけた昆布みたいなのだ。実に気持ちよさそうに伸びている。その時ばかりは根性ババちゃんも黙って伸びている。

こういう場面は私の心の栄養になる。

根性ババだけど、この時ばかりはなんだか可愛い。風呂でしか聞くことがない”ふー”とか”あー”の呼吸が広い風呂にひびいていい感じだ。

数分後。湯船から出る時は「なんでこの風呂は深いんだろうねぇ」「床が冷たい!」などと言って、縮んだいつもの根性ババちゃんに戻っちゃうのだが。

続く。


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