【東北ひとり旅】素人がひとりで"田舎に泊まろう"をやったら
* * *
美味しい桃と優しいおじちゃんに別れを告げ、福島を出た。
向かうは宮城、明日登りたい蔵王の足元の街。
宿を探すのだ。
まず私の作戦を教えよう。
何か市民で開催されている市場的なイベントなり、談笑している井戸端会議に、何気なく近づいて混ざり、旅をしているんです〜という流れで、今晩泊まる所を探してるんです〜と言って、その中からウェルカム風な人におねだりする。どう?
白石蔵王駅に着いた頃には、夕日が沈み始めていた。
ここが私の人生初"田舎に泊まろう"の舞台である。
うろうろ。うろうろ。
誰もいない。
家々を覗きながら回る。
もういきなりピンポンするしかないのか?
大好きな番組、"田舎に泊まろう"。
テレビカメラを引き連れた芸能人が、泊めてくれる家を探し回る番組。
そう、テレビカメラを引き連れている。一人じゃないのだ。
わたし、一人。
そして、芸能人なのだ。
わたし、一般人。
今更だけど、怪しさ満点だね?
さらにはさ、わたし一応ぴちぴちJD(女子大生)じゃん?
男一人暮らしの所に行くわけにはいかないよね?
どうしよう。
うろうろ、うろうろうろうろ。
大きな和風の一軒家。ここなら男一人住まいってことはないかな。
窓の中におばあちゃんがいる。
ここ…ここに決めた!おばあちゃんって、優しいもの!
ぴんぽーーん
『はいー』
「あの、ちょっと旅をしていて蔵王周辺を歩いていて、お聞きしたいことがあるのですが…」
玄関に通してもらった。
「今学生で、知らない街でいろんな人と触れ合う旅がしたいと思ってここに来て、外からおばあちゃんが見えたので。もしよかったら今晩泊めてもらえませんか…?」
『はあ!!!??知らない人の家に泊まろうとしてるのか?あんた、世間知らずにもほどがある!!!』
おっと、予想外。
おかしなことをしている自覚はあるわけだから、断られることは覚悟していたけど、私のイメージはこんな感じだったのよ。
『あらまぁ…でも急にそんなこと言われてもねぇ…泊めてあげたいのは山々だけど、他の家族もなんて言うかわからないし、ごめんなさいね』
まさか罵倒されるとは思わんだで…。
「そうですよね、ごめんなさ」
言いかけた言葉に被せて更におばあちゃんが怒鳴ってくる。
『あんた、大学生にもなって、そんなことがおかしいとも分からないのか!?』
大好きなあの曲だと、被せてくるあの箇所も素敵に聞こえるのに、おばあちゃんの被せはなぜこんなにも恐ろしいのか。
かの有名台詞「親父にもぶたれたことないのに」ならぬ、実のおばあちゃんにも怒られたことないのに。
もう私のすべてを否定される勢いに、ぽろぽろ涙が溢れ出てきた。
『そんなことする奴は怪しいでしょう!どこに住んでるの!どこの大学!?学生証見せなさい!』
学生証を差し出して、鼻水をすすりながら説明する。
『こんな大学行っても、まともなことが分からないのかね!』
学校に電話されたらどうしようと思った。父親の仕事、母のこと、妹のこと、私の生い立ちまで聞かれた。当時から謎の行動力と素直さだけが取り柄だった私は、ただひたすら正直に泣きながら話した。
そうして一通り説教と尋問が終わった。
「すみッませッんでしッた…ありッがとッござ…ました」
もう泣いてヒックヒックなってまともに喋れない。
振り返って玄関の扉を開こうとした時、おばあちゃんはこう言った。
『泊まっていきなさい!!!』
え・・・
戸惑った。本当のことを言えば、私はもう10分以上前からこの場から走って逃げ出したいと思っていた。
それなのに後12時間以上ここにいるって…?
耐えられるのか?出来るのか?それでいいのか?桃花!!
だけど断っても行くあてはないし、これも縁なのだと信じてお礼を言った。
履いていたスニーカーを出来うる限り丁寧に並べた。
おばあちゃんは『残り物しかないよ』と言いながら、いくつかのお惣菜と冷汁を出してくれた。
私は冷汁というものを食べたことがなかった。
冷たい味噌汁に胡瓜や茗荷が入っている。
お味噌の味が馴染みの味とは違う。しっかりとした風味がする。
夏の暑さと大号泣で水分が奪われた体にあっという間に染み込んでいった。美味しかった。こんな食べ物があることも知らなかった。
おばあちゃんはいろんな話をしてくれた。
若かった頃のこと、旦那さんのこと、子供さんのこと。
旦那さんは亡くなってしまって、今は大きなこの家に一人で住んでいるそうだ。
亡くなった時はすごく悲しかったけど、立派な人で、葬式にはすごい数の参列者が来たらしい。おばあちゃんの誇りで、亡くなってもこうして誰かに自慢してもらえるって幸せだなと思った。
広い畳の部屋に、お布団を並べてくれた。
いろんなことがあって、今朝東京を出て来たばかりなんて信じられない。
明日目が腫れてないといいな、そんなことを思いながら眠りについた。
トントントントン。テンポの良い、心地いい音で目が覚めた。
おばあちゃんはいない。お布団をたたんで居間に向かった。
『ああ、起きたか、おはよう』
朝ごはんにも冷汁が出てきた。冷汁はおばあちゃんの味になった。
私がスニーカーの紐を結んでいる間、ずっと後ろで待っていたおばあちゃんは、サンダルを履いて外にまでお見送りに出てくれた。
お別れを言う前に、一緒に写真を撮ってくださいとお願いをした。
「はいチーズ」
自撮りした写真を確認すると、私の横のおばあちゃんは笑顔で写っていた。
よかった。心からほっとして、いつまでも手を振ってくれるおばあちゃんの家から出発した。
夕日のオレンジと朝日のオレンジは、違う色だった。
* * *
あれからもう10年近くが経つ。
また"田舎に泊まろう"をやりたいかって?
いえ、結構です。(笑)
だって、おばあちゃん本当に怖かったんだもーん。
ひとりじゃなかったらやってみてもいいかも。
いや、うそです。こんなこと言ってたら本当になりそうな気がする。
こわいこわい。
だけどこんな経験、大学ただ通っても出来ないし、ゼミ続けても出来なかった。
私だけの経験、ここにしかない旅。
やって良かったとははっきり言える。
この後私は、学校の先生をしているおじさんと蔵王のお釜を一緒に観光することになります。(続)