第21話 【4カ国目ルワンダ②】笑えキガリ「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
「ふぅ―」
"失ったもの"の重さを振り払うように息を吐き出してみる。
「極まってきたな。もう笑うしかない。ぷぷぷっ。」
深夜3時を回ったキガリ(ルワンダ)の空は小さな笑い声をゆっくりとかき消していく―
ロストバゲージ
「ブゥーーン…」
キガリ空港の受託荷物を運ぶレーンは役目を終えている。
それなのに、なお虚しい音を奏でながらゆっくりと僕の前をぐるぐるとしていた―
機内で読んだ本に笑顔をもらった僕は、「あなたの荷物はキガリまで行くわ」という数時間前に聞いたボレ国際空港のスタッフ女性の言葉を楽観的に信じることにしていた。
「あれだけ、絶対に行くって言って、来ないわけ無いよ、うん。」
そう、一人でつぶやきながら1時間ほど掛けてルワンダ入国のチェックインを済ませていく。
到着は深夜0時だ。あとは、荷物を受け取って朝まで空港のどこで待機してホテルに向かうだけである。
大丈夫バックパックは出てくるさ
キガリ空港はルワンダの首都空港の割に、とてもこじんまりとしていて入国を済ませて進むとすぐに「受託荷物受け取りのレーン」に差し掛かる。
同じ飛行機の乗客で一番最後に入国した僕は、急ぐことなく「受託荷物受取のレーン」へと向かった。
レーンは2つだ。イミグレーションから通過して手前は他の便のレーンとなっており僕の荷物が運ばれてくるレーンは奥側となっていた。
奥を見ると、既に荷物が流れていて何人かの人は無表情で荷物を受取り外へと歩いていた。
深夜1時到着の便のため、ほとんどの乗客の顔には疲れが張り付いていた。
僕はレーンの前に行き自分のバックパックを探してみるが、まだ出てきていないようだった。
受託荷物を運んでいるレーンは一辺が4m程の細長い円状になっていて、壁際の頂点となる部分から2m程上方に1本のコンベアーが伸びており荷物を排出する二重扉とつながっている。
二重扉の排出口は開いたり閉じたりを繰り返して定期的に僕らの便の受託荷物を吐き出していた。
ガラスとなっている排出口を囲む壁を見ると、まだまだ荷物が流れてきているのが見える。
「まだ、流れてきてないだけだな。トイレでも行くか。」
僕は頭に一瞬よぎった不安をかき消すように独り言をつぶやいてみた。
なんだか、ずっと自分のバックパックがを待っているのが居た堪れない気持ちになってきて僕はトイレに駆け込むことにした。
楽観的になってはいたものの、根が心配性なのだ。不安が徐々に大きくなっていく。
「大丈夫トイレから戻れば、荷物はもう出てきているさ」
そんなことを思いながら用を足したのだった―
おい、まさか…
「おい、まさか…」
30分ほど経ってレーンの周りにいるのは、アジア系の冴えない顔のひょろっとした高身長男性と背の低く顔の濃ゆい日本人の僕だけだった―
僕はおしっこを済まして手を洗い、逸る気持ちを抑えながら再度レーンの前まで戻ることにした。
トイレに行く前よりも明らかに人が減り、流れてくる荷物も少なくなってきている。
隣のレーンは全ての乗客が荷物を受け取ったのか既に閑散としていた。
僕のレーンは、排出口が開く度に流れてくる荷物の数が明らかに少なくなっている。
そして、僕のバックパックはまだ来ていない。
僕は不安になり、その部屋の隅に置いてある荷物たち(多分取り忘れや紛失したやつ)を一つ一つ見て回った。
が…僕のバックパックは見当たらないのである。
(おい…まさか…)
僕は不安をかき消すように、何度も何度もその荷物たちを確認する。
似た形状のものがあれば、違うと分かりつつも「俺のや」と思い念入りにチェックする。
ふと、レーンを見ると何も載せずにゆっくりとぐるぐると回っていた。
まるで、ボレ国際空港の女性スタッフを信じた僕をあざ笑うかのだった。
いや、マダガスカルからケニアで途中降機なんてズルをしようとする僕を弄ぶような掴みどころのなさが張り付いていた。
ふと、目線をやるとひょろ長いアジア系(多分中国人)のメガネを掛けた男性も絶望した顔で立ち尽くしていた。
(お、お兄さんも僕と同じなのかい?)
まだロストバッゲージをしたと認めたくない自分がありながらも、似た境遇の男をみて少し心が和らいでいく―
絶望と苛立ちと虚しさと
レーンを挟んだ反対側に立つ似た境遇の男にそっと近づこうとした瞬間、男はレーンの後ろに置かれている荷物を掴みどこかに行ってしまった。
「え…まじかよ…」
どうやら、男の荷物は誰かの手によって降ろされレーンの脇に置かれていたらしい。
(なんでや…なんでや…)
気づけばその場には、「バッゲージクレーム」のカウンターに居るスタッフと僕しかいなくなっていた。
「ちきしょう!俺のだってあるはずだ!」
無いと分かっていても、レーンの周りにある荷物を一つ一つ確認していく。
が、当然だが無いのだ。あるはずがない。だって既に4回も見たのだから。
僕は状況が飲み込めず、というより飲み込みたくないという気持ちでレーンの周りを行ったり来たりしていた。
「あなたの荷物はキガリまで行くわ。絶対に。絶対行くってい言ってるでしょうが!!」
ボレ国際空港で聴いたスタッフ女性のキレ気味の声が頭を駆け巡っている―
諦めるしかないんだよ
レーンと反対の壁側に設置された椅子に腰を掛けて時間を確認してみる。
時間は朝の2時前だ。既に僕に成す術などない。
「ブゥーーン…ブゥーーン…」
こちらの気持ちなどお構いなしに流れ行くレーンを見つめている。なんとも虚しい時間だ。
【Addis Ababe 0:00 KQ400】
レーン上の電光掲示板が、運ばれている荷物がどの便の受託荷物かを表示していた。
店が潰れてもなお、毎晩光がついてしまう路地裏にあるスナックの長方形の電光板並の虚無感が漂っている。
どれだけ、祈っても開くことのない排出口を見ていると「あぁ、これがロストバッゲージか」という思いが込み上げてきた。
「この先どうすればいいんだ。持っているものといえば、クレジットカードとPCだけだ。」
絶望が僕を包みこんでくる。しかも、僕はバッグタグを持っていないから"今どこにバッグがあるか"多分追跡ができない。
バックパックに入っている30万近い現金を含めて、合計で40万程のものを失っていた。
そして、次に苛立ちが湧き上がってくる。
「マダガスカル空港で無駄に足掻かずにいればバッグタグをもらえたのに」とか「あの、ボレ国際空港での大変な時間は何だったんだ」とか、この2日間の出来事が走馬灯のように駆け巡ってきた。
(くそ、あのボレのスタッフを"やっぱり来てねえじゃんか!"って罵りてぇ…)
的中してほしくないけど、ほらやっぱりそうじゃんという勝ち誇った気持ちが湧いてくる。
反面、その思考が全く無意味なものだと気づいて虚しさが溢れてきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「もう、諦めよう。」
僕は湧き上がる絶望と苛立ちと虚しさに、"諦め"という救いを与えることにした。
(もう、どうでもいいや…)
優しいキガリのスタッフ
「そこでゆっくり休んでて。君のバッグタグは僕が必ず探し出す」
目の前の頼もしいスタッフ男性の一言に僕は救われる思いがしていた―
ロストバッゲージに伴う一通りの感情を巡らせて"諦め"にたどり着いた僕は、"どうにかしなくちゃ"とバッゲージクレームの前まで向かっていった。
「あの…僕のバッグが来ないんだ…」
バッグタグが無いことで散々振り回された僕は恐る恐るスタッフにそう伝える。2日間の空港泊と目の前の状況に完全に体力が底をついていたことも力のなさを演出していた。
「バッグタグは?」
バッゲージクレームの男性が尋ねてくる。
「無くしたんだ。エチオピアでその事も言ってどうにかキガリまで運んでくれるっていわれたんだけど結局来てない…」
最後の方は声が小さくなっていたかもしれない。
「とりあえず、これまでのチケットを全て見せてくれる?」
男性スタッフは僕がバッグタグを無くした(てか、持っていない)ことを責める様子はなく優しく言う。
「はい。この3枚だ。」
僕は言われた通り、マダガスカル-ケニア、ケニア-エチオピア、エチオピア-ルワンダのチケットを手渡す。
「大丈夫マイ・フレンド。君のバッグタグは僕が必ず見つけ出すから。」
その言葉は、ロストバッゲージをして深夜2時の見知らぬルワンダで絶望を感じている僕に僅かな希望を与えてくれるものだった―
KQLET11306
「KQLET11306。これが君のバッグタグナンバーだよ。」
"必ず見つけ出す"という言葉を信じてから1時間。祈るように座っている僕にスタッフ男性が話しかけてきた。
ボレ国際空港(エチオピア)では全く探す素振りを見せてくれなかった、バッグタグナンバーが僕の目の前に舞い降りてきたのだ。
「ありがとう。本当にありがとう。」
僕は気づいたら心の底から感謝を述べていた。
どうやら3人掛かりで探してくれたらしく、後ろで男性と女性のスタッフがほっとした顔をしている。
(ボレの奴らも探せただろ…しかも、適当にキガリまでバッグが行くと言いやがって)と恨み節みたいなものが出てきたが、その3人の顔を見ているとそんなことはどうでも良いような気がしてきたのだ。
世界には見捨てる人もいれば手を差し伸べてくれる人もいる。ただ、それだけのことなのかもしれない。
「保険用の書類を発行したから、これを持ってて」
そういって、目の前の男性は正式な手荷物遅延書類とその裏に今後の連絡先を書いて渡してきてくれた。
「とりあえず、明日営業時間になったらエチオピアに問い合わせてみる。その後連絡するよ。」
僕は連絡先のメールアドレスを丁寧に書いて渡す。感謝を噛み締めながら。
「この後はどうすんだい?」
既に朝3時前になっていた。
「とりあえず、空港で休んで朝になったらタクシーで宿に向かうよ。」
「この空港には休むところはないよ。隣に24時間営業のカフェがある。そこで休むと良い。」
そういって、スタッフ男性は一緒に外まで来てくれSIMカードの契約まで手伝ってくれた。
「ありがとう。本当にありがとう。連絡待っているよ。」
そう言うと彼は微笑みながら、空港の中に入っていったのだ―
清々しいキガリの空
空港の外に出てみるとあたりは暗く、遠くの方では僅かに街の光が見える程度だ。
ふと、自分の足元を見ると裸足に日本で300円で買ったペラペラのサンダルを履いていた。
「そういえば、マダガスカルで汗だくになった服を2日間着っぱなしだ。」
少しだけ臭うような気がした。当然、バックパックがないので着替えもないし靴もない。
しかも2泊続いた空港泊とそこで生じたトラブルに、身も心もボロボロになっている。
おかげに、時刻は夜中の3時でアフリカのルワンダにいる。全く見知らぬ土地だ。
真っ暗なキガリの空を見上げてみると、空港の光が漏れているせいか星一つ見えない。
「いよいよ極まってきたな。」
この2日間の戦いは一応、ここで全ての決着がつくはずだ。
「ふぅ。」
息を吐くと憑き物が取れたように力が抜け、笑いがこみ上げてきた。
笑えない状況で湧き上がってくる笑いは、見上げるキガリの空を5分前よりも清々しいものにしてくれていた。