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第2話 【1カ国目エジプト②】アディスアベバ〜カイロ(アフリカンジャーニー)〜世界一周備忘録(小説)〜
「お前、本当にエジプト人か?」
そんな事を思いながら、3列シートの空席を挟んで座っている20代中盤の男と話をしている。
飛行機が離陸して4時間もすれば、いよいよカイロ国際空港に到着だ―
暇を持て余しているエジプト人
「カイロまで何時間で着く?」
「4時間で着くよ。」
内心、眠たくて面倒くさいなと思いながら自分の航空券を確認してそう答える。
相手は窓際の席から通路側に座っている僕に話しかけてきた"ニヤつき顔"のエジプト人だ。
ボレ国際空港で清掃員のおばちゃんに助けて(精神的に)もらった僕は、それから3時間かけてトランジットで用意してくれた高級ホテルSkylite hotelへと無事辿り着いた。
朝食を食べホテルで仮眠はしたが、カイロ行の飛行機に乗り込んだ時には既に疲れていて一刻も早く眠りたいというのが正直な気持ちだった。
カイロに着くのは深夜の1時過ぎ。是が非でもここで休んでおきたい。
真ん中の空席を挟んで座っている中東系のニヤつき顔の男は「キョロキョロ」と周りを見渡しながら、いかにも"どうやって暇を潰そうか"と考えている様子だ。
絶対に話しかけてくるなよ―
「どっから来たの?中国人かい?」
僕の気持ちとは裏腹に男はニヤニヤしながら話しかけてきた。
丁度良い話し相手を見つけたという感じで、少し嬉しそうにも見える。
本当にエジプト人?
「アルゼンチン分かる?俺はそこで料理人として働いていて、カイロに戻るところなんだ。出身はルクソール知ってるだろ?」
ルクソールとは神殿や有名な王家の谷などがあるエジプトの大きな観光地の一つで、出身地を語る男の顔はどこか誇らしい感じがした。
エジプトについて何も調べてなかった僕は、ルクソールを知らなかったが適当に「いいね」とか「クールだ」とか返事をしていた気がする。
すると、男が「ちょっと待てよ?」と怪訝そうな顔をして尋ねてくる。
「今は22時半。カイロに着くのは1時半。これじゃフライトは3時間ではないか?」
そんなことは百も承知だ。
エチオピアとエジプトでは1時間の時差がある。西に行くわけだから1時間遡って丁度4時間なのだ。
そう説明したかったが、英語が出てこずオフラインでも使える翻訳アプリで「時差」と調べて単語をその男に見せる。
「確かにそうだな。時差を含めると1時間遡るから全部で4時間になるな。」
会話が成立して満足そうにしている男の顔がさっきよりもニヤついている。
その顔を見ていると、「仮にも海外(アルゼンチン)から帰ってきてるのだから、それくらい想像付くだろ。しかも、エジプト人だろ。」と思ってしまった。
…やばい、相当疲れている
「ところで、君はあんまり英語が得意じゃないね。」
そうなんだ。と答えながら、「そんなこと"も"百も承知だ。言っとくけどお前の巻き舌も結構聞き取り辛いぞ。」さっきよりも心のなかで苛立ちを覚えてしまう。
……やばい、やっぱり相当疲れているんだ…
男からの質問に一通り答え、キリが良いところで機内の電気が消えた。
「そろそろ離陸か―」
そう思いながら、このタイミングを逃すまいと僕はアディアベバ行の機内で配られたエチオピア航空のロゴ入の黄色いアイマスクを付ける。
「本当にエジプト人かな?」
時差も把握しておらず、見た目も少し"胡散臭く面倒臭そうなエジプト人"に対しそんな事を思いながら眠りについたのであった。
入国審査カード
「この入国審査カードどうやって書くんだ―」
着陸後、飛行機が乗客を降ろすゲートへゆっくりと滑走している時に"胡散臭くて面倒臭そうなエジプト人"が「何やっている早く荷物おろして通路側にいけよ」と合図を送ってきた。
ちっ…まぁ、それ以外はなかなか良いフライトだった。
機内食も食べ、ぐっすり寝られたからだ。
それでも、経由地滞在も含めて35時間のフライトだ。やっぱり身体的にも精神的にもきついと言うのが本音だ。
軽いエコノミー症候群なのか、右足の膝裏がズキズキ痛む―
手荷物検査後、お金さえ払えば簡単に貰える入国ビザをパスポートに貼り付けてもらい、イミグレーションの前の丸い机の上で良く分からない外国人用の"茶色い"入国審査カードを手にする。
どう書いてよいのか分からない僕とは違い、エジプト人と思える人たちは"青い"入国審査カードをさらさらと書き、続々とイミグレーションを通過していく。
おそらく、記載箇所が外国人より少なく簡単なのだろう。
そんな事を思っていると、聞いたことがある声に話しかけられた。
「ヘイブラザー。ペン持ってないか?」
声の方に顔を向けると、男が立っていた。
「また、こいつか―」
そう思いながら僕は、"胡散臭くて面倒くさいエジプト人"の顔を見つめていた。
やっぱり自称エジプト人?
「まだ、カードの内容もよく分かってないから別にいいか―」
そんな事を思いながら、自分が書く前に僕はペンを男に手渡す。
そのペンは、日記用に持ってきたモノで数ヶ月前に辞めた会社のロゴが入った水色のグリップをしたなんともキュートで爽やかな見た目をしていた。
「ナイス!」
そう言いながら満面の笑みでペンを受け取り、"胡散臭くて面倒くさいエジプト人"は真面目な顔でさっさっと三色ペンなのに何故か青字でカードの項目を埋めていく。ペンのキュートさと爽やかさには目もくれない。
「サンキュー。助かったぜ。」
そう言ってペンを僕に返し、入国審査カードを手にイミグレーションへと向かっていった。
アラビア語読めると簡単そうでいいなー。
そんな事を思いながら男からペンを受取り、男が持って歩いている入国審査カードをぼんやり眺める。
..ん?ちょっと待てよ…僕はあることに気付く。
「俺と同じ茶色のやつ(外国人用)やん」
男が手にしていたのは、外国人が記載する入国審査カードだったのだ。
英語で上手くコミュニケーションが取れなくても、"自分の感覚"が的中していたことに少し驚く。
"胡散臭くて面倒くさくて本当に自称エジプト人"だった男の背中を見ていると、なんだか笑えてきた。
夜中の1時だけど、元気が出てきたぞ。
よし、これを書いたらいよいよカイロだ。
そんな事を思いながら、僕は枠をはみ出すくらいの大きな青字で入国審査カードを埋めていく―
◆次回
【遂にカイロ到着。またしても空港脱出に阻まれる】