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第5話 【1カ国目エジプト⑤】ナイル川と詐欺師「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
「日本語勉強したいから、無料で案内するよ―」
流暢な日本語で話しかけてくる、ぼろぼろな服を着た50代の男が僕の手を引いて行く。
またしても、僕は―
最初の食事と優しいおっちゃん
「腹減ったな。エジプト最初の食事でもするか」
時刻は14時前。
カイロの目覚めと共に深い眠りに落ちていた僕は、4時間ほどの眠りから目覚め空腹を感じていた。
前日の22時に機内食を食べてから同部屋のインド人がくれたバナナ以外、何も口にしていなかったからだろう。
もしくは、ホテルに辿り付き一眠りし安心したからかもしれない。
せっかくなので、近くの観光地も見てみようと調べてみるとホテルからナイル川までは20分ほど歩けば着くらしい。
「昼食がてらナイル川でも見に行くか」
決して清潔とは言えないが、700円程度で泊まれる安宿にしては問題ないベニス細川家の洗面所で歯磨きをして僕は外へ出た。
再び喧騒に包まれる
「やっぱり、とんでもなく騒々しい街だ―」
ホテルの外に出ると、静まった朝の雰囲気が一変していた。
考えられない程の人が行き来しており再びその流れに飲み込まれそうになる。
僕が泊まっているベニス細川家の前は、6階〜8階建ての石造りで重厚な建物が10m程の道を挟んで向かい合っておりそれが200m〜300m程続いていた。
建物の1階部分にはローカル飲食店やシーシャ屋、ティーを販売している店が入っている。その前の道には果物屋や八百屋、パン屋、車のパーツを売る露店が両サイドにぎっしりと並んでいる。
ただでさえ、露店が並んでいて道幅が狭くなっているのに人だけではなくバイクや車までもがクラクションを鳴らしてその道を通っていた。
人を掻き分けて進まなければ行けない道に、車やバイクも侵入してくるのだ。
そんな道であってもすれ違う相手を避けて進むような感覚は、彼らにはあまりない。
加えてアジア人を揶揄するような目が向けられている感覚が僕を包み込む。
時折、人差し指で目尻を触りこちらを見ている若者と目が合う。
少しの居心地の悪さを抱えながらエジプトの街の"暗黙のルール"を身体に染み込ませるかように、僕も素早く足を前に踏み出し最初の食事を求めて大通りを目指していく―
丁寧なおっちゃんと不義理な僕
「よし、全てのメニューの内容を説明してやる!」
ローカル店にはどうしても入る勇気が持てない。
15分ほど街を見学がてら流していると従業員全員が同じ制服と帽子を着用した店が目に入った。
丁度店の前を通る時に目が合った店員に英語とジェスチャーで食事したいことを伝えると、手招きで店の中へと招き入れてくれた。
おそらくチェーンのファーストフード店だろう。メニューの写真を見る限りサンドウィッチや中東特有の黄色いライスにチキンや牛レバーなど添えられたワンプレートが売られているようだ。
価格にしても20ポンド〜500ポンドと幅広くあり、貧乏バックパッカーに取っては選択肢の多い良い店である。
アラビア語表記しかないメニューを見ていると、50代くらいの店員が笑顔で近付いてきた。
「Welcome to Egypt!」
店員はハキハキとした英語で30個程あるメニューを英語で丁寧に説明し始める。
「これで全部だ。好きなものを選んでくれ!」
「それじゃ、これで!」
全てのメニューを説明するのに1,2分ほど掛かっただろうか。
説明を聞く前にライス付きで1番安いモノにしようと考えていた僕は、少し悩んだ振りをした後で80ポンド程のレバーライスをメニューの中から指さす。
「すまん。おっちゃん…、でもありがとう。」
価格だけで決めて丁寧な説明を無意味にしてしまった「おっちゃんへの不義理」を感じながら、運ばれてきたレバーライスを口に入れてみる。
「久しぶりに暖かいモノを食べると元気出るな!」
異国の地と優しいおっちゃんの親切も相まってか、苦手なはずのレバーが身に沁みたような気がした―
日本語をくっちゃべるエジプト人
「ヨウコソ、エジプトヘ。コンニチワ。ドコイキタイデスカ?」
「ナイル川に行きたいんだ」
頼りないMapps Me(地図アプリ)を片手にクラクションだらけの道を歩いているとボロボロの服をきた50代くらいのエジプト人の男に日本語で話しかけられた。
スムーズではないが十分上手な日本語である。
言葉が通じず苦労していたこともあってかすぐに反応して僕も日本語で返答してしまう。
「ワタシハ、ニホンタイシカンデニホンゴヲ、ベンキョウシマシタ」
日本大使館では現地人に日本語を教えたりしてるのかな?
なんだか、怪しいぞこの男―
「私が案内してあげます。エジプトの道路は危険だから。」
僕が少し怪しげに思っているのを察してか、「さぁ」と男は僕の手を素早く取りクラクションだらけの道を、車の隙間を縫うように渡り始めた。
初見の外国人が渡るには少々困難な大きな道路だったため、僕も流れるがままに手を引かれて行く。
男の手の冷たさが、僕の右手にしっとりと浸透していくような気がした。
「エジプトは信号が少なくほとんど機能してないです。待ってても車は停まってくれないのでこうやって渡るしかないです。危ないでしょ?」
道路を渡りきったところで、少し微笑みながらそう語りかけてくる顔を見てると僕の中で男に対する印象が"怪しさから頼もしさ"に変化していくように思えた。
「…いや、簡単に信じちゃダメだ!」
カイロ国際空港での大便チップ事件やぼったくりタクシー運転手が脳裏に浮かぶ。
「案内はありがたいけど、お金なら渡せないよ。お金必要なら案内はいらない。」
「お金なんていりませんよ。ただ日本語の勉強したいだけです。もし、僕が日本に行ったら助けてれたら嬉しいです。」
男は強気で断る僕に反して、柔らかい口調で返答してきた。
それを見ていると純粋な優しさかもしれないのに真っ向から否定してていいのか?という気持ちが湧いてくる。
「さっきのチェーン店のおっちゃんも、すごく優しかったし、これもきっとそうかも。」
そう思い直し僕は目の前のボロボロの服を着た50代のエジプト人を信じることにした―
小綺麗な詐欺師
「全てのパピルスには物語があります。あなたが好きな絵の物語をお伝えしましょう」
整った白基調の部屋の中で、綺麗な黒いスーツを着ている男がゆっくりと聞き取りやすい英語で語りかけてくる。
ゆったりと流れる空気の中でなぜか、必要以上に緊迫した雰囲気が僕を包み込んでいた。
「エジプトと言ったらティーです。僕の友達が美味しいティーを振る舞ってくれるから、少し行きませんか?そこでは、今後の旅の相談もできるので安心です。」
数分前に信じると決めた男のありがたい誘いに乗ったせいで僕は明らかに怪しげな部屋で、小綺麗な男と対峙する羽目となっていた。
僕をここに連れてきたボロボロな男の姿はもうない。
「くそっ、やられた…」
おそらく彼は次のターゲットを探しに街へ戻って行ったのだろう。あのボロボロな服を着て。
「ティーをぜひ飲んでください。ここで作ってる特製のものです。肩の力を抜いてリラックスして。」
自分に警戒心が向けられていることに気づいたのだろうか。目の前の男が落ち着いた声で語りかけてくる。
何が入ってるか分からないものなんて飲めるか―
「喉乾いてないし大丈夫。それよりトイレある?」
空気を変えたくてそう答えるが、男はトイレはないんだと言いながら何枚かのパピルス僕に見せるために立ち上がる。
目の前にはツタンカーメンや、ピラミッド、エジプトの歴史を彷彿させる絵が何枚も置かれている。
「貴方がこの中で1番好きな絵はなんですか?」
「…んー、強いて言うならこれかな。」
どの絵もピンとこないが、雰囲気に耐えられず適当な一枚を指さす。
「この絵は僕たちの仲間が描いていて、その背景には…」
淡々としているが、真っ直ぐした目で絵について語りはじめる男。
相手のペースに飲まれ始めてる。やばい流れだ。
男の冷静さに少し恐怖を感じているせいか、話が全く頭に入ってこない。
「何かの縁なので、特別な価格でこれを差し上げます」
男は何も言わない僕に、押し売り感なく自然な雰囲気で語りかけてくる。
「少し考えさせてくれ。」
買うつもりもないのに、はっきりと断れない自分に嫌気が指す。
「当然です。ゆっくり考えてください。」
気の弱い僕は断ることに一瞬躊躇いながら、精一杯その場を凌ぐための返事をした。
「この部屋にはパピルス以外にも、私の妹が作ったアクセサリーや小物もたくさんあるので気の済むまで見てくださいね。」
男はこう言い上の階に何かを取りに上がっていった。
部屋には、男の妹と思わしき人間と僕の2人だけになった。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ちょっとトイレ漏れそうだから、一回外でるね」
入り口付近にいる男の妹にそう告げ足早に部屋をでて、路地裏へと逃げ込む。
「息が詰まりそうだったな。」
ボロボロの男が連れ行ってくれた、綺麗な部屋にいる小綺麗な男。
そのギャップと、再度すぐに人を信じてしまった自分の頼りなさに呆れのような笑いが込み上げてくる。
落ち着きを取り戻すように歩いていると、呆れとは裏腹にある発見をしたことに少しずつ胸が満たされていく。
それは、"人の騙し方の基本"はどの国でも同じなのだろうということだ。
まずは、"心の隙間に入り込む"こと。そして相手を安心させ信じこすこと。
時と場合によるが相手に自分を信頼させるという点で、"見た目が綺麗である"ということは大きなポイントになるのではないだろうか。
"人間には拭い難い共通点がある"
【感情を持つ生物として"全人類が持っているであろう共通したルール"があるのではないか―】
僕は密かに自分の「旅のテーマ」としていた"人には変わらない部分がある"ということを、この一連の出来事から思い出したような気がした。
僕の心の隙間に入り込んできた、男の手の冷たさの感触が残る右手を大きく振りながら、今度は1人でクラクションだらけの道をを掻き分け渡っていく。
10分程でナイル川に着くと、目の前でティーを売っている露店が目に入り"先程飲みそこねたエジプトティー"を購入してみる。
乱雑に注ぎ込まれた紙コップからティーが溢れないように丁寧に受け取る。
ティーの暖かさが薄い紙コップを通して僕の右手へと浸透していくような気がした。
目の前では沈む夕の光を無条件に受け取り和らげ人々を魅了する光景が、橋を挟んで長く伸びている。
その暖かさを確認しながらティーを一口すする。
「美味しいじゃん。」
雄大に流れるナイル川のしなやかさに呼応するように、初めて飲んだエジプトティーの爽やかで軽やかな感覚が僕の中に流れ込んでいった。
◆次回
【ツタンカーメンと対面。初めて出会う日本人に何を思うか?】