第14話 【3カ国目マダガスカル②】旅への葛藤「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
「タケ。そんなに怖い顔するなよ。俺たちはお前の味方だ。」
不真面目なバイク屋だと思ってたキングコースからの一言に面食らう。
僕はただ、異国のルールを理解できていなかっただけかもしれない―
鬼退治と誤解
「それじゃ、いくぞタケ!」
当日まで若干の不安が晴れることはなかったが、壊れたバイクを預かってくれたマダガスカル人ジャラと僕は無事に2日後の月曜日に合流することができた。
「どうだ?すごいだろ!」
自分の家へと招待してくれたジャラは僕をガレージの中へ案内し、驚かせる調子でバイクのエンジンを掛け始めた。
「ブオォォン!ドゥドゥドゥドゥッ゙ドゥッ゙ドッ」
心地よく音を上げ、不規則性の中で一定なリズムを刻むエンジン音は壊れる前に聞いていた不穏な雄叫びのような音とは違い普通のバイクの音色だ。
彼と彼の奥さんの部屋を兼ねる"そのガレージ"の中で、いかにもサプライズという調子でその音を聞かせてくれた彼を少し微笑ましく思ってしまう。
「本当にありがとう。ジャラ」
礼を言いながら、この3日間の出来事が頭を駆け巡る。
「それじゃ、そろそろキングコーストに行くか」
「おう、行こう!鬼退治だな。」
僕らは目を合わせてニヤリとした。
「ちなみに、君のバイクはどこ?」
「いや、僕のバイクはない。このバイクで二人乗りで行くんだ」
彼のバイクが無いことを不思議に思い尋ねてると予想外の答えが返ってきた。
その場の流れでどうこう言うことは出来ないし、その方法しかないのであれば仕方ない。
予想外の返答に対する驚きの他に、この先の出来事に対する「別の不安」を抱えながら僕はバイクの後ろに跨った。
とりあえず、今はキングコーストとの戦いを終わらせるんだ―
キングコースト
「そんなに怖い顔するなよタケ。前にも言ったが俺たちは味方だ。」
鬼退治と思って来たキングコーストのオーナーが、挑むような顔をする僕に問いかけてくる―
ジャラの家から20分ほど原付を二人乗りし、キングコーストに辿り着いた。
辿り着くとジャラが家から持参した壊れた部品を見せながら、バイクが壊れた理由をキングコーストのオーナーとスタッフに説明し始める。
「修理費用は全部払ってもらうよ。だってたった2日でバイクは動かなくなったんだ。たった2日だ!」
ジャラの説明がある程度進み結論が出たところで、僕はオーナーに対して「強気」で要求をした。(キングコーストのオーナーは英語が喋れる)
元来、人に対して何かを強く言うことが苦手な僕にしてはなかなか勇気を振り絞った行為だ。それは、キングコーストへのムカつきの度合いを表していたかもしれない。
「タケ一旦落ち着いてくれ。最初に勘違いしているかもしれないから説明するよ...」
キングコーストのオーナーは落ち着いた口調で説明を始める。
「マダガスカルでは購入者がバイクの修理をするものなんだ。中古品は元々どこか不具合を抱えているんだよ。ほとんどが壊れた状態で台湾から輸入されてきて、それをみんな自分で修理して乗っているんだ。」
睨みつけるような視線を送っている僕に、「決して君を騙そうとはしていないんだ」と事実を伝えているようだ。
オーナーの説明によれば、マダガスカルで購入する中古バイクはいわゆる"ジャンク品"の事を指すらしい。
「騙して壊れたものを売ったんじゃない。元々どこか壊れているのが普通なんだ。」
その話を聞いていると、街のそこら中にバイク修理屋が密集し部品を店前に並べてることへ合点がいく気がした。
「言っていることは分かったよ。でも、そんなの知るわけないじゃないか!最初に教えてくれよ。」
オーナーの言い分は理解できたが、バイクの購入費用と修理費用を考えるとどうしても引く気にはなれない。
一方で、"常識の食い違い"を踏まえれば、少しの理不尽が僕の言い分にはあるような気がした。
「ごめんよ。君の気持ちは分かる。でも、僕らも君がそれを理解してないというところまで気持ちが回らなかったんだ。」
確かに、彼らも僕がジャンク品と理解した上で購入したと思うのも自然だ。
キングコーストのオーナーは僕の"角々しい問いかけ"に対して、落ち着いた丸さを持って対応をしていた。
チラッと隣にいるジャラの顔を見ると、「マダガスカルのバイクは仕方ないんだ。タケ。」と僕をなだめるような顔をしている。
「伝えてなかったウチにも当然、否がある。修理費用を折半するのはどうかな?」
オーナーが歩み寄りを見せてきた。
これ以上お互いの食い違いに付いて議論しても仕方がないと思い、僕はその申し出を受けることにした。
ジャラの「仕方がない」という顔が、少しだけ僕の背中を押したような気がする。
本来、起こるはずのなかったこの一連の出来事は【異国には異国のルール】が存在しているということを強く認識させるには十分だった。
月並みな言葉になってしまうが、".常識の食い違い"というのはとても疲れるものだ。
時に戦う必要を生むこともある。
今回は相手が応戦してこなかっただけで、もっと精神を擦り減らす場面に遭遇するかもしれない。
旅をする上での正しさの指針が僕の中で、崩れていくような気がしていた―
予想外の提案と葛藤
「モロンダバまで一人でバイクで行くのは危険すぎる。僕が一緒に君を連れて行くよ。」
キングコーストに行く前日に、ジャラからこんなメッセージが届いた。
「モロンダバまでの道のりは憲兵が沢山いるし、道路に穴が空いて凸凹だ。何より途中でバイクが壊れてしまったら周りには何もないから、一人で行くのは厳しい。」
詳しく話を聞いてみると、とにかく僕を一人で650キロ先の街まで行かせることはジャラ的にはありえないということだった。
確かに、バイクを購入した初日に街を走っていると憲兵に止められ保険に入ってないことを咎められた末、賄賂を要求され支払っていた。
何より、途中でバイクが壊れて自力で修理できないのであれば想像以上の困難が待ち受けているということがジャラのメッセージから伝わってくる。
ジャラは案内する条件として、「マダガスカルでの旅が終わった時に、バイクを売って欲しい」と付け加えてきた。
「一回壊れてしまったバイクだ。何かあった時に修理してくれる人がいたほうが良いか。」
一人で原付き旅をすることに心を踊らせていた僕はにとって、一人が二人になるという葛藤はあったもののその申し出を受け入れることにした―
思っていたのと違う
「どうやら、僕の原付を二人乗りで650キロ先のモロンダバまで行くらしい―」
キングコースに行く前日の申し出の時点では、「彼は彼のバイク」で「僕は僕のバイク」を運転して行くものだと思っていた。
しかし、それは彼の家に行った時点で抱えた「もしかして、二人乗りで行くつもり?」という不安が的中したのだ。
キングコーストへの交渉が終わり、次の日にモロンダバまで出発しようということで僕らは解散した―
僕の心の置きどころ
「なぜ、たまたま出会った日本人にそこまで優しくしてくれるのか?」
「バイクを買い取ってくれるって言っているけど、お金、本当にもってるの?なし崩し的に自分のものにする気じゃない?」
「1日で行けないと考えると、その間の食費や宿泊費はどうするの?彼が払えるとは思えないから僕が払うしかないよね?」
「そもそも、原付き2人乗りで650キロもバイクで走れるのか?」
解散後、一人でホテルの部屋にいると悶々といろいろな疑問が湧き出てくる。
浮かぶ疑問を、彼にメッセージで尋ねてみるが翻訳アプリを使ってのやり取りのため会話が十分に成り立たない。
「大丈夫。僕を信じて。僕は君のことを家族のように思っている。僕らの出会いはジーザスが与えてくれた運命だ。」
厳格なキリスト教徒である彼のマダガスカル語のメッセージをアプリで翻訳するとこのような内容ばかりだ。
「いやいや、神とか運命とか聞いてないから。ちゃんと質問に答えてよ。」
ミスコミュニケーションが続くやり取りは、想像以上に自分を苛立たせる。
ジャラの申し出の一番理解しがたいポイントは、「なぜ、そこまでしてくれるのか?」だ。
何か狙いがあるのではなないか?おそらく、バイクをタダで欲しいだけでは?
いや、それならキングコーストに行かずに連絡を無視すればよかっただけでは?
考えれば考えるほど、よく分からなくなってくる。
【どうせなら、損得勘定のみであればキッパリ割り切れるのに―】
心の置きどころが見つからないまま、気づけば夜の11時を回ってしまっていた。
ジャラとは次の日の朝10時にホテルの前で待ち合わせをしている。
考えても仕方がないので寝ることにした。
着地出来ずに宙に浮いた心は、少しの居心地の悪さを与え僕の眠りを浅いところで留まらせていた―
強烈な葛藤と諦め。そしてふっきれ
「君が不安なら辞めたっていいんだよ―」
次の日、マダガスカルの空は晴れていたが夜に降った雨の冷たさを少しまだ残しているようだった。
ホテルの前まで"僕の原付"で出迎えにきたジャラが、翻訳アプリを使って問いかけてくる。
「顔が不安そうだ。君が無理をすることは望んでいない。本当の気持ちを言ってね。」
昨夜、重ねに重ねた葛藤はバイクが壊れた僕を助けてくれたはずのマダガスカル人を「ちょっとした悪人」に僕の中で仕立て上げていた。
その相手に、「やめたっていいんだ。」と言われると張り詰めた心が一気に緩んで行くような気がした。
「やっぱり、二人乗りで行くのは不安だ。怖くなってきたからやめにしたい。」
僕の申し出を聞いて、残念そうな顔をするジャラがひどく可哀想に思えた―
本音の時間
「気持ちは分かるよ。残念だけど仕方ない。どうやってモロンダバまで行くの?」
僕に無理強いすることなく、ジャラはこう問いかけてくる。
【言葉が通じない僕らの会話は全て翻訳アプリである―】
「明日のバスのチケットを購入して行くよ。」
「そうか、分かった。今日バス会社のオフィスまで送るよ。」
二人の間に沈黙が流れる―
僕は沈黙を遮るように、気になっっていたことを聞いてみることにした。
「本当に原付はお金を払って買ってくれるの?僕は君にガイド費用を払うことができないのに、なぜそこまで良くしてくれるの?」
これまでよりも本音に近い部分での会話が始まりそうな雰囲気が、二人の間に漂い始める。
簡単な言葉で表現すると「気まずい雰囲気」が薄い膜となって僕らを隔たり始めたなのである。
僕は気まずい雰囲気が苦手た。
でも、この膜を破らなきゃ。そんな気がしていた。
「僕は確かに決してお金持ちではないよ。でも、君からガイド費用が欲しくて言っている訳では無い。もちろん、お金は大事だけど僕は困らないくらいには自分で稼ぐことができるし、決してお金のために君を助けた訳じゃないよ。お金よりももっと大事なもののためだ。」
ジャラの返答は、これまでの行動を考えるとなんとなく分かる気がする。
一方で、翻訳が正確にはならないため「お金のためにやっている」と僕が決めつけて質問していると受け取られているのではないかと苦い思いがした。
そして、次はジャラから膜を破って僕へ質問が飛ぶ。
「君が急に行かないと言い出したのが信じられないよ。どうしてなんだ?」
彼の僕に対しての本音の問いかけだ。
「昨日もメッセージで言ったけど、この旅の君の食費や宿泊費を負担するのは僕には厳しいんだ。本当は一人で行きたい。」
「一人では絶対に行かせられない。憲兵も何をしてくるか分からないし、道が不安定すぎる。お金のことは気にしないで。大丈夫だから。」
(あー、よく分からないけどジャラは本当に僕と原付2人乗りで行きたいんだな。)
と、分かりきっていたことが改めて会話の中から伝わってくる。
一方で、「食費や宿泊費」への質問に対する答えが曖昧で僕は再び苛立ちを覚え始める。
気まずさの膜は、スマホ上のみで交換される無言の言葉により徐々に引き裂かれていく。
ジャラの方に視線をやると、煮えきらないやり取りに彼の心も波が立っていた。
「バイク本当に買い取ってくれるの?モロンダバについてからはどうするの?僕は1週間以上滞在する予定で、その間君を待たせるわけには行かないし、宿泊費用も払えないよ。」
僕は湧き上がる苛立ちを隠しきれずにジャラに質問を返す。
「バイクは君が購入した値段で買うよ。とにかくモロンダバに着いてからは、君次第だ。僕は君の味方だし君が望むようにするよ。」
なんとなく言っていることは分かるが、質問に対する答えになっていないことに更に苛立ちが募ってくる。
完全に破かれた膜に、新しい「隔たりの膜」が一瞬できたような気がした―
「僕らは正確なコミュニケーションが取れていないから、すれ違い起きている。ごめんよタケ…」
その重たい膜を拒むように、悲しそうな顔のジャラが僕の肩を抱いてきた。
お互いのストレスが形となりぶつかる前に、ジャラが折れてくれたような気がする。
「僕の方こそ、イライラしてごめん…」
その行動に対して、僕の中で申し訳ない気持ちと"ミスコミュニケーションによる仲違い"はしたくないという気持ちが湧いてきた。
おそらく、彼に対して「友達」という気持ちが湧いてきたのかもしれない。
少し恥ずかしい言葉を使うのであれば、【友情】が芽生えてきたのだ。
すれ違いによって生まれた本音をぶつけ合う結果として、その感情が顔を出してきたのかもしれない。
それは彼の中でも大きなものになっていたはずだ。
そして、それは僕の中で一方的な結論ではなく何かしら二人の間で【落とし所】を見つけなければ"ダメだ"という気持ちにさせた。
「例えば、これならどう?モロンダバに着いたら君は僕にバイクを預けて、次の日にバスで帰る。僕はモロンダバに一週間以上滞在してバイクで帰ってくる。一度通った道なら、一人で帰れると思うから。そして、帰ってきたらバイクを買ってくれないか?」
「イエス!イエス!イエス!」
僕の問いかけに対して、彼は翻訳をアプリを使わずに勢いよく頷いている。
自分なりに良い提案だとは思ったが、「現実的にそうできるのか?という不安」が頭の中を過り"決断しきれない自分"がまた顔を出してきた。
果たして僕は何を選択するのが正しいのだろうか―
損得感情では腑に落ちない
「旅は何が起こるか分からない。人との交流がある限り―」
キングコーストで購入したバイクが2日で壊れ、偶然出会ったマダガスカル人が修理をしてくれ、その彼と650キロ先の街まで二人乗りで行くかどうかで揉めている。
その眼の前の光景に僕は「旅の予想外さ」を感じていた。
行動の果に生まれる何かが、自分のコントロールできないところでゆっくりと絡み合っていたのかもしれない。
そして、その気配の輪郭が少しずつはっきりと僕の目の前に現れている―
「えーいっ!もう、考えるのは面倒だ!一度乗りかけた船。一緒に行くぞジャラ!」
その言葉を聞いたジャラの顔が一気に晴れていく。
待ちに待った荷物がやっと届いたような安堵感が、彼の表情から滲み出ていた。
先程まで僕の中にあった「曖昧な拒絶とその場しのぎの迷い」は最大に膨らみ。そして弾けたのだ。
損得勘定を軸にして全てを判断できるほど、僕の頭はスマートにはできていなかったらしい。
最終的に騙されたら後は笑い話にすれば良い。
金で済むならその後に笑い飛ばせば良いじゃないか―
「よし、行くぞ!」
大きな決断をしたというよりはただ吹っ切れ、考えることを辞めた勢いでバイクに跨る僕をジャラが嬉しそうに受け入れる。
彼の中にも無理強いするわけには行かないという葛藤と、言葉が通じないことにより「意見が合致しないこと」への不安と絶望が入り混じっていたのかもしれない―
出発と二人乗りの男たち
「ハレルヤー!」
彼はそう叫びながら、後ろに跨る僕の左膝を左手で「トントン」と2回タッチしてくる。
「ハレルヤ」
僕も後ろから彼の両肩を強く2回「バシッバシッ」と強く叩き「よろしく頼むぞ!」という気持ちを込める。
言葉が通じ合わない状態で原付きを2人乗りをする僕らなりのコミュニケーションだ。
先程までの不安が一瞬顔を出しそうになるが、「バンッバンッ」と、再度目の前の背中を両手で強く叩いて不安な気持を押し込める。
「ハレルヤー!」ジャラが左手を上げて叫ぶ。
「ハレルヤー!」僕が後ろから叫び返す。
遂に僕らは走り始めたのだ。650キロという長い道のりを。
すぐに風に掻き消される二人の声が、彼の信じる神様には届いているような気がした―
◆次回
【650キロの旅はどうなるのか?突然の雨と最初の街―】
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