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(一次小説 ・ ダークファンタジー )奈落の王 その二十 貴族の食事

キノコとコーンのスープである。

 ホワイトソースに芋がゴロゴロ浮いている。

 そしてその暖かい湯気と、香しい芳香が席に着いた者の食欲を刺激する。 


 食事の席である。

 葡萄酒の軽い乾杯から始まった。

 ここには砦の主タスクランと、客分である血族の銀仮面卿、そしてお付きのアリアしかいない。

 


「ハルフレッド」

「はい、兄上」


 タスクランはロランを見る。

 銀仮面をつけたままのロランを。

 ロランは自然と、前と横から視線を感じた。


 野草サラダを食べながら。

 横から視線を感じる視線。

 これは見慣れた視線だ。


 そう、アリアである。

 ふんだんにレースのついた黒のドレスを着たアリアである。

 ロランと同じ色の長い髪は頭の上で巻き、銀の髪留めで止めている。

 視線を感じ、ロランはアリアを向く。


「アリア? どうした」

「おに……いえ、美味しいで、ちゅ!」


 噛んだ。

 アリアが舌を噛んだ。


 しかし、危なすぎる。

 いつアリアがしくじって「お兄ちゃん」と呼びかねない。


 ロランは食事を急ぐことにする。

 タスクランからもっと前線の情報を聞きたがったのだが仕方がない。

 せめて、アリアのいないところで話したい。


 その方が、銀仮面の正体を隠しやすいだろう。

 なにせ、ロラン自身が気を付ければよいだけなのだから。

 いつ発動するかわからない、アリアの凡ミスを避けるため。


 うん、今も怪しい。

 などと考えているロランを裏腹に、アリアはこの濃ゆめの味が付いた芋粥を、ハフハフと美味そうに食べている。

 いや、最低限のテーブルマナーはどこに行った。


 辺境伯。

 いくら辺境とはいえ、貴族のマナーがあるはずだ、いや、ある。


 最低限のことを仕込まれたとはいえ、アリアの動きには、まだまだ田舎臭さが抜けてない。

 もっとも、ロランも怪しいところはある。

 しかし、アリアほどではない。


 ──カタカタ、チン! ギャチャ!


 今も鳴る、食器の音。


 そう。


 などと言う音は、マナーがしっかり身についていれば、ロランの横から聞こえてこないはずなのである。


そんなこんなで胸がドキドキするロラン。


「時にハルフレッド。お前の剣筋を見て思ったのだが、あれは騎士の剣ではないな?」

「はい、兄上」

「どちらかと言うと、より実戦向き……二振りのショートソードを巧みに使う戦法、体術と相まって見事と言える。よく腕を磨いたな、ハルフレッド」

「ありがとうございます、兄上」

「ああ。しかしハルフレッド、お前はその戦闘術をどこで習得した? 城で兵士と訓練しても、あれらの技は身につくまい」

「冒険者や傭兵の真似事ですよ兄上」


 ロランが素直に言うと、タスクランも素直に応じる。


「道中護衛についてくれた冒険者や、城の傭兵から教わったのです」

「そうか、やはりそうだったか。しかし、お前まさか迷宮に?」


迷宮。

古代の遺跡や不思議なる土地、迷いの森……それらの総称である。


「いえ、迷宮のことは旅の詩人や、ライル老から聞いた限りで。実に断片的なことしか知りません」

「そうか。少し安心したぞ。迷宮は確かに富を生む。そして戦士を鍛える。精神を研ぎ澄ます」

「はい」

「だが、見返りが大きい分、その分、危険だ」

「はい」

「もし挑むことがあれば、先人である冒険者や傭兵などに聞くと良い。彼らの話に耳を傾けろ。それが、生き残り、強くなる秘訣だ」

「心します、兄上」


 と、ここでタスクランは笑い。


「で、そちらのアリア嬢は迷宮にもお供を考えているのか?」

「え!? え! ええー! わ、わたしですか!?」


 と、大声。

 貴族のテーブルマナー……いや、もはやも言いうまい。


「ああ、戦闘術も抑えておいたが良い。たとえ女の身であってもな。貴族に仕えるということは、最低限でも武術を磨くということだからな」

「あ、ああ! はい! おに……銀仮面卿についていきます!」

「オニ? ああ、ハルフレッド、お前は鬼のようにこのお嬢さんから恐れられているのか?」


 と、怪訝なタスクラン。


「まさか! そんなことないですよ、な、アリア?」

「え!? あ! はい! はい、そうですね銀仮面卿!」


 と、叫ぶアリアの横でロランは幾筋もの冷たい汗をかいたのである。


しかし当のタスクランは、先ほど打ち合った稽古のことを聞いてきた。

アリアのテーブルマナーをとがめる節もない。

もっとも、アリアをとがめるのは異母弟ハルフレッドを貶めることに同じ、と思ってくれているのかもしれないが。


三人三様、それぞれの思惑が交差する。

しかし、どこかズレて、ズレた分だけかみ合う場所もあるようで。


まあ、うまくいっているのだろうとロランは思うのだった。


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