若き文化人 Rémi Grabisch レミ・グラビッシュ
今回は、パリのゲーム会社で働くCGデザイナーのレミに話を聞きました。レミは仕事で最先端の映像技術を使いこなし、自宅では絵と文を嗜(たしな)みます。また、日本生まれフランス育ちという自身のバックグラウンドや、それについて思うことも語ってくれました。
メル氏:レミはゲーム会社で仕事をしているんだね。どういう経緯で今の仕事をしているの?
レミ:僕は元々絵を描くのが大好きで、幼いころから、たくさん描いていたんだ。音楽好きの家族の影響でバイオリンを習っていたんだけれど、レッスンに通う電車の中ではいつも絵を描いていたよ。そうしたら次第に、音楽よりも絵を描く方が楽しくなってきて、、、それ以来描くことは僕の生活の一部になったんだ。
進路を考える頃になると、僕は大学で建築の勉強がしたいと思った。建築士が紙に描いたアイデアは、多くの人の力で実際に存在するようになる。そして建築物を人々が使う。すごくいいな!って思ったんだ。
建築を学べる学校を受験して、いくつか受かったんだけど、残念ながら一番行きたかった学校には入れなかったんだ。ちょっとモチベーションが下がってどの学校の入学手続きも躊躇(ためら)っていた頃、同じ受験準備クラスに居た親友から、「メルチメディアの専門学校があるから、興味があったら一緒に行かない?」って誘われて、行ってみることにしたんだ。
今でも建築に憧れはあるけれど、ゲームや映画などのマルチメディアもアイデアを形にできるという点で、とてもやり甲斐のある分野だと思っている。
学校でまずはインターネット、ゲームコーディング、3Dアニメーションの基礎を勉強。その後3Dアニメーションを専門的に勉強するようになったんだ。映画に興味があったし、細い作業をするのも好きだったから、細部や専門的なエフェクトを扱う作業は自分に向いていると思った。
インターンシップをしたり、卒業後はフリーランスとしていくつもの会社で働いた。労働環境が良い会社も悪い会社もあったけれど、技術も磨けたし、厳しい現場で経験を積んで自信もついたよ。2017年からは現在のゲーム会社に入って、ライティング・アーティストとして仕事をしているんだ。以前は自分がゲーム会社で仕事することになるとは想像していなかったけれど、今の仕事は気に入っている。
とにかく自分は世界観を作ることが好きだから、どんな形であってもクリエイティブな活動をしていたいんだ。
メル氏:仕事以外にも何かクリエイティブな活動をしているの?
レミ:小説を書いているよ。僕は本をたくさん読む家庭で育ったから、文章を書くのはごく自然なことだったんだ。例えば物心ついたときからずっと日記をつけているよ。だからこうやって君に色々聞かれても、何年の何月に何をしていたか答えられるんだ。ほらほら、こんなにある(過去の日記のノートを見せながら)。
メル氏:すごい!!!!!日記を書いている人、最近はあまり見ないなぁ!レミはマメなんだね。じゃあ、小説を書き始めたきっかけは?
レミ:12歳の頃、テレビゲームのある場面がとても気に入って、忘れないように自分なりに文章で書き起こそうとしたんだ。最初は2,3ページだけ書くつもりだったんだけど、人物まで登場させたりして最終的には80ページぐらいの長編になった。その後で別のバージョンも書いたし、 物語の世界観もしっかりと出来上がって、、、今も書き続けているんだ。770ページぐらいあるんだよ。
メル氏:それは大長編だね!
レミの表現活動は、絵とかCGとか、目に見えるものに限定されないんだね。
レミ:描くことも、書くことも繋がっているんだ。小説に関しても初めは文章だけだったけれど、今は物語の世界観をわかりやすく表現するために、デッサンも取り入れているよ。
メル氏:仕事以外にも色々な事をして、忙しそうだね。
レミ:ちょっと色々し過ぎなんだけど、、、。でも努力を続けているよ。
それにインプットもとても大切で、僕はたくさん本を読んでいるし、1週間に1本は映画を見るようにしている。
読書は制作のインスピレーションとしてはもちろん、僕自身が生き方のヒントを得る上で特に重要なんだ。 僕は人間に興味を持っているから、伝記や小説を読んでいて惹かれる人物像に出会ったときには、自分のそれと照らし合わせて、共感できる部分は自分の生活に生かそうと思っていて。
例えば、僕はド・ゴール将軍*が好きなんだ。あ、政治的思想とかではなく、人物としてね。 軍の組織には政治的思惑やヒエラルキーがあって、率直で飾らない態度を貫くのは難しいと思うけれど、ド・ゴール将軍はいつも彼が正しいと思うことを正しいと言い、賛成できないことには賛成せず信念を貫いていた。周囲にやっかまれて出世が遅れたこともあったぐらいだ。でも僕は彼を正しいと思うよ。
*陸軍軍人、政治家。フランス第18代大統領。
そんなド・ゴール将軍にちょっと感化されていたタイミングで、僕の今の会社の採用面接があったんだ。その面接ではそれまでに無いぐらい、自分の思ったことを率直に答えられた。
会社の役員や面接官に「うちの会社のゲームを知ってる?」って聞かれた時には「全く。ひとつもやったことがありません。」って正直に答えた。「いや君、知らなくても普通は面接の前にちょっと見てくるとかするでしょ。」って面接官は言っていたけれど、僕は「本当に知らないのに知ったかぶりするのは偽善的だと思います。」って答えた。
本当にそう言ったんだよ。、、、でも、いや、 “だからこそ” 受かったような気がする。それまでの僕なら「すみません」って言い訳したかもしれないけど、その時は「それは僕のやり方じゃない」って思えたんだ。
会社で新しいプロジェクトが始まった時には、 どうしてもアート・コンセプションに関わりたいと思って、自分のポストとは違うけれど アート・ディレクターに 自分のデッサンを見せながら掛け合ったんだ。ディレクターはそんな僕の行動を「不器用だなぁ」と言いながらも、とても評価してくれた。
僕は普段は会社でもあまり喋らない方だしどちらかと言えば控え目な方だけれど、そんな自分を変えて要領よく立ち回ろうとも思っていない。でもチャンスがあればダイレクトに取りに行く人に憧れるし、自分もそうなりたいと思っている。
メル氏:レミが何かをつくるとき、一番重視していることは何?
レミ:仕事は、プロジェクトの目的やゲームをプレイする人々など、外部を優先にしているよ。でも制限の中で、少しだけれど自分のビジョンを形にしていくように努力している。100%誰にでもできることなら、その仕事、僕がしなくてもいいってことだからね。
小説やデッサンは100%自分のためにつくる。
僕が表現したいのは一種の「美しさ」なんだけれど、その美しさっていうのはただ「綺麗」なだけじゃなくて、強さがあって、グラフィックとスピリチュアルが混ざったようなものなんだ。
例えばクリムトとかミュシャの世界観、それとメビウス(フランスの伝説的漫画家)の作品が大好きだよ。メビウスの作品には、たとえば図形とかスピリチュアルな要素がいっぱい含まれているんだ。それを意識すると彼の作品の解釈は深まる。繊細で上手いだけでは無くて、マジック(魔法)みたいな面がある。だから彼の描くものは美しくて強いんだ。
あとは、聖母マリア。信仰心とは別にして、僕は彼女の人物像に惹かれるんだ。教会で聖母マリアの像を見ると彼女だけ他と違って見える。彼女は全世界の痛みを受け止めるような人物で、 メランコリーや悲しみ、そして慈しみに満ちている。聖母マリアが描かれたもの見ると、時にその表情にマジックのような感覚を受けるんだ。
僕がデッサンをする時には、そんな美しさの表現を目指している。簡単なことではないし、自分の描いたものに満足したことは無いよ。多分そういったものを表現するには僕自身の経験や成熟が必要で、時間がかかるんだと思う。
メル氏:これからやっていきたこと、目標とかはある?
レミ:あぁ、それ難しい問題だなぁ。僕は日々の生活は計画的、規則的に過ごすタイプなんだけど、なぜか何年も先の将来のビジョンは、具体的な計画が立たないんだよ。
実は最近、よく彼女と「自分たちは、このままフランスに居るんだろうか?」「違う国、例えば日本に住んでみるのはどうだろう?」って話し合っているんだ。自分たちの状況には満足しているけれど、何だか完全に幸せとは言い切れない何かがあって。
ただ困ったことに、今の僕たちには、やり甲斐のある仕事と安定した生活がある。それを全部捨てて場所を変えることに、まだ躊躇(ちゅうちょ)があるんだ。
フランスに住んでいて疑問に感じているのが、人々のメンタリティーの部分なんだ。 僕は東京で生まれて、わずか2か月でフランスへ来たけれど、僕の母は日本人だし、父はフランス人だけど日本に住んでいたせいか日本人っぽい考え方をする人なんだ。だから僕の家の教育環境はどちらかと言えば日本寄りだったと思うし、そういう他人を尊重するようなメンタリティーを日本社会へ行って感じてみたいという思いがある。
日本もグローバリズムや観光客の増加で、随分変わっちゃったんじゃないかと心配だけど、自分が子供の時に行って見た日本や、自分が家庭で感じていた日本を見つけられるといいなって思う。地理的にも歴史的にも独自の文化を築いてきた国だから、個人的にはそういうものが失われて欲しくないし、あまり変わって欲しくないな。
日本には10年以上行っていないから、まずは来年、彼女と2人で旅行に行く予定だよ!
メル氏:ところでレミはフランス人なの、それとも日本人なの?
レミ:その質問、あまり意味があるとは思えないなぁ。
「出身は?」って聞かれたら「日本」って答える。生まれたのは日本だから。単純に「どこから来たの?」ってだけ聞かれたら「フランス」って答える。父はフランス人だし、僕はフランスの学校に通って育ったし。結構愛国心もあるんだ。フランスの歴史文化も好きで、とても美しい国だって思う。
そして日本に対しても、同じぐらい好感や愛着を持っているよ。日本に行けば、自分がフランス人であるのと同じぐらい日本人であると感じられるんだ。
メル氏:レミは日本に住んだことは無いけれど、どうして日本にフランスに対してと同じような愛着が持てるんだろう?
レミ:子供の頃は2年に1回、夏休みに日本へ行っていたし、日本には大好きな従弟も家族も居る。
風景も街も、全部懐かしく感じるんだ。だから、日本の映画とかを見ると「僕には日本での生活もあるんじゃないかって」って、いつもちょっと切なくなるよ。
メル氏:メディアからではなくて、レミ自身が気づいた日本のネガティブな面ってある?
レミ:最後に日本に行ったのは12歳ぐらいの時で、12歳の自分には、ネガティブな面とかは見えなかったな。その後メディアを通じて耳にするのは仕事や社会のルールが厳しかったり、関連して生活もしづらいという話だけど、長所や短所があるのはどこの国も同じだ。
Youtubeとかで、漫画とかアニメなど日本の一部だけを見て、表面的に面白がったり、からかったりしている人を見ると頭に来るよ。
アジアのメンタリティーは欧米のそれとは全く違う。アジアはコミュニティー社会だ。個人という単位の前に、家族だとか、まずコミュニティーという単位を考える。個人主義の欧米とは対極だ。アジアに住んだことが無ければアジア人のことはわからないと思う。
形はともかく、僕らは日本のそれを例えば戦争中のカミカゼで目にした訳だけれど、今もそういうメンタリティーは厳然としてあって、住んだことが無ければ欧米人には理解できないと思う。僕が思うに、日本のことを勘違いする人はそういうことをわかっていないんだよ。あ、ひょっとして僕が間違っているかもしれないけどね。
メル氏:レミは27歳っていう自分の年齢をどうとらえている?まだ始まったばかりだとか、時間が無いとか。
レミ:やってみたいことがあれば、なるべく早く始めなくちゃって思うけど、個人的には焦っていないよ。「もう君も30歳、若くないね。」みたいな言い方をする人もいるけど、僕はそういう考え方には賛成しないな。10代は勉強して、20代には仕事を始めるけど、まだ余裕が無くて。30代になって何かがやっと構築されていく感じ。これから色々なことが起こりそうで、すごくワクワクするよ。
メル氏:そうだね、きっと素晴らしいことがたくさんあるね!今日は色々聞かせてくれてどうもありがとう!!
レミの作品を見られるホームページ
http://remigrabisch.com/
インタビュー後記
レミは温厚で穏やかな雰囲気ですが、自分の考えを迷わず語れる人で、話を聞いていると仕事やクリエーションに静かな情熱を燃やしている様子がしっかりと伝わって来ました。
彼は「現代の技術を使って仕事をする若者」でありながら、日記をつけたり、沢山の本を読むなど、 一般に昔から続いている習慣を他の人以上に尊重しています。そこに生まれる良い意味でのギャップも、レミの個性と魅力だと感じました。
日本生まれフランス育ちというバックグラウンドについては、私が「日本人なの、フランス人なの?」という質問をした時に彼が「その質問に意味があるのか?」と答えたことに象徴されますが、
いわば2つの母国があることに戸惑っている様子はなく、人生が豊かになるようにそれぞれの文化を吸収しているようです。
どのように複数の文化に触れて、感じているかは人によって違うので、国籍や現在住んでいる場所で決めつけてはいけないものだと反省しました。(事務手続きを除けば「○○人」などどいう言い方は既にナンセンスな世の中なのかもしれません。)
レミはこれからも書いて、描いて、読んで、旅をして、充実した生活を送って行くのだと思います。ありがとう、レミ!Merci beaucoup Rémi!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?