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ボブ・ディランのBelle Isle:コードの不思議、歌詞の奇妙、出自の奇々怪々

旧友に、ディランのMr. Tambourine Manのある行についてどう思うかと聞かれ、はたと考え込んでしまった。唄わないと歌詞というのは覚えないもので、覚えていない歌詞は、いいと思ったり、駄目だと思ったりはしないものだ。


Another Side of Bob Dylan, 1964


ディランはほとんど唄えない。Mr. Tambourine Manは、バーズのカヴァーはよく聴いたが、ディランのオリジナルは長ったらしくて好まず、買ったときにちょっと聴いた程度なので、歌詞のことはほとんど何も知らない。だから、うーん、と考え込んで、言葉が出なかった。

昔、よく唄っていたディランの曲がひとつだけある。1970年のSelf Portraitに収録されたBelle Isleという歌だ。コードをとったことはないのだが、あれは変な箇所があって、そこが好きでよく唄っていた。そのコードを解決しようと、ギターを引っ張り出してみた。


The Byrds - Mr. Tambourine Man, 1965
タイトル曲の録音メンバーはドラムズ=ハル・ブレイン、ベース=ラリー・ネクテル、フェンダー・ピアノ=リオン・ラッセルなどで、控えめなプレイだが、リラックスしたグッド・グルーヴで、この曲の大ヒットに貢献している。


◎あいまいな構成

この曲は歌詞がミステリアスで、そこがもっとも魅力的なのだが、それは複雑な話になるため、簡単にすむコードのことから片づける。そういうことに興味のない方はここで閉じていただきたい。

キーはCで、使用されているコードは、C、F、G7、Eマイナー、Aマイナー、Dマイナー、Fマイナーといたってシンプル。ただし、構成はちょっと変で、ヴァースはこうこうで、あとはこれを三回繰り返す、などと単純に云えず、微妙に変化する。形式が整っているとは云いにくいのだ。

最初のひとかたまり、One eveningからbright star of Belle Isleまでは、第一ヴァースともいえるし、独立した前付けヴァース、たんなる前書きで、まだ本体に入っていないようにも見える。


Bob Dylan - Self Portrait, 1970
「自画像」というタイトル通り、アルバム・カヴァーはディラン自身の筆。


まあ、細かいことは気にせず、四行ごとのひとかたまりをすべて独立したヴァースとみなして勘定すると、第四ヴァース、見知らぬ男に話しかけられた「うら若き乙女」(young maiden)が答える部分の前半は――

"Young men I will tell you a secret/It's true I'm a maid that is poor/And to part from my vows and my promises/Is more than my heart can endure"
「若い人よ、秘密を打ち明けしましょう、じつはわたくしは貧しい者なのです、誓いを破るなどということは、わたしにはとうてい耐えられませんのよ」
となっている。いや、もとの英語がひどく古めかしく、堅苦しい言葉遣いなのだ。わたしのせいではない。じつは、そこにこの歌の出自があらわれていたのだが、それは後述。

◎「その場でマイナー」

さて、コードの問題。この最後の、can endureの音の流れが、聴いているとひどく耳立つのだ。半世紀前にやっておけよな、とボヤきつつコピーした。

 And to part from my vows and my promises
 C      Em        Am
 Is more than my heart can endure
  F            Fm

こうしたFメイジャーからFマイナーのようなコードの遷移、メイジャー・コードをその場でマイナーに転ずることの名称を知らないので、かつてブログで、「その場でマイナー」と命名した。

あとでツイッターで、わたしも呼び方がわからなくて困っていた、「その場でマイナー」という名前をもらいます、と賛意をいただいたので、それほど悪い命名ではなかったようだから、ここでも「その場でマイナー」を使う。

たとえば、ビートルズのI Saw Her Standing Thereのコーラス・パート。
 I never danced with another, ooh, since I saw her standing there
 E    E7     A    Am E    B7     E
このAからAmの遷移がその一例だ。


The Beatles - Please Please Me, 1963
I Saw Her Standing Thereは彼らのデビュー・アルバムのオープナーだった。冒頭、ポールのワン、トゥー、スリー、フォーというカウント・インが残されたのは、ジョージ・マーティンがそのことを意識してのことなのだろう。


あるいはデイヴ・クラーク5のBecauseの、

 It's right, it's right to feel the way I do
 G    Gaug  C      Cm

というラインのCからCmへの遷移がそうだ。


The Dave Clark 5 - American Tour
手元にあるのはリイシューCDのカヴァーだけだった。LPでは下の白味の中心にエピックのレーベル・ロゴが入っていたのに、それを削除したために、ひどく間抜けな空白ができてしまった。


さらにはトニー・オーランドー&ドーンのHe Don't Love YouのA-A7-D-Dm-Aという進行のDからDmという遷移もそのタイプだ。

こういうコードの遷移は、かつてブログの「That Thing You Do! by the Wonders (OST 『すべてをあなたに』より その1)」「カーティス・メイフィールド・ソングブック6 He Will Break Your Heart その1」「大滝詠一、フィル・エヴァリー、そして2パート・ハーモニー その1」といった記事でふれたもので、その時に「その場でマイナー」と名付けた。そちらをご存じの方に、あれはわたしが書いたものであり、ここでその名称を拝借したわけではない、と弁明しておく。

◎「サブドミナント・マイナー」 vs. 「その場でマイナー」

ここで思い当たるのは、「Oregon Guitar Quartet - Covers:ビート・ミュージックのクラシックへの逆流 」という記事でふれた「メイジャー・スケールにおけるサブドミナント・マイナー」だ。

サント&ジョニーの1959年の大ヒットで、無数のカヴァーが録音されたSleepwalkという曲があるが、これはきわめて特異なコード進行、C-Am-Fm-G7という循環コードでつくられているのだ。


Sleepwalkを収録したサント&ジョニーのデビュー・アルバム


このFmはキーを離れて一般化すると「サブドミナント・マイナー」と呼ばれるもので、マイナー・キーの曲ではありふれているが、メイジャー・キーではごく稀、このSleepwalk以外、ほかに例を知らない、という趣旨のことを書いた。

Belle Isleはメイジャー・スケールであり、キーであるCに対して、Fは4度、IV、サブドミナントの関係になる。そのマイナーだから、これも「メイジャー・スケールでのサブドミナント・マイナー」の亜種と云えるかもしれない。

しかし、音の感触は異なる。

「その場でマイナー」がたんなるサブドミナント・マイナーとははっきり異なる点がひとつある。「その場」なのだから、マイナーに移行する直前に、サブドミナント・メイジャー・コードがなくてはいけないのだ。

EがキーのI Saw Her Standing Thereなら、E7-A-Am
GがキーのBecauseなら、G-Gaug-C-Cm
He Don't Love You (aka He Will Break Your Heart)のトニー・オーランド盤なら、A-A7-D-Dm-A
というぐあいに、かならず直前にサブドミナント・メイジャーがある。

この進行は、半音遷移の面白さを狙っているのだから、当然なのだ。ギターで上記のコードを弾いてみればわかるが、多くの場合、その場でマイナーに至る以前に、すでに半音遷移がはじまっている。

Becauseなら、Gの段階ではじまり、D-Eb-E-Ebと動いて、最終的にDに降りる。

He Don't Love Youの場合も同じ。A7-D-Dm-Aとコードが動くあいだに、その構成音がG-F#-F-Eという半音移行をする。

「その場でマイナー」は、この半音移行の響きの面白さを狙ったものなのだ。それを強く打ち出すか、控えめに抑えるか、それがコード進行の違いにあらわれる。

Sleepwalkのコード進行は、C-Am-Fm-G7である。Fmの直前にFを入れるという「その場でマイナー」の手順を踏んでいない。だから、ほかに似たものがない、きわめて特異なコード進行なのである。


Bob Dylan - Self PortraitのLPバック・カヴァー


Belle Isleは、移行幅が最小で、半音移行の面白みはほとんどなく、たんに「やや意外なところに出現したマイナーへの転調」という感触だ。いや、子供のころに聴いて、この曲がSelf Portraitの中でもっとも印象に残った第一の理由が、このFからFmへの遷移なのだから、もちろん、印象的かつ効果的なのだが。

◎美しき島ありやなしや

コードについては以上でおしまい。あとは歌詞。これがまたじつにイマジナティヴで面白いのだ。だが、その背景を調べていて、またコードの問題にぶつかってしまった。

この美しき島というのは一般名詞ではなく、固有名詞じゃないかという気がするのだが、そうなると、じゃあどこにあるのよ、という疑問が生まれる。

それを調べようと、ウェブで検索する前に、Bob Dylan: All the Songsという本のBelle Isleの項を見たら、「The original version of “Belle Isle,” recorded with just Dylan and Bromberg in New York(略) has a power and charm that were ruined by the overdubs in Nashville. The bass and the drums are superfluous, the second guitar solo is off key (listen after 1:30), and the orchestra makes the whole song too heavy」なんて書いてあった。「二度目のギター・ソロは音が外れている」だって?

ギター・ブレイクは中間とエンディングの二回あるのだが、1:30は一回目のことで、これではどちらがオフ・キーだと云っているのかわからない。セカンドと書いてある以上、二回目のことだとみなして聴き直したが、どこがオフなのよ、ちゃんと弾いてるじゃん、だった(だいたい、外れているなら、評論家風情に云われるまでもなく、半世紀前に自分で気づいてらあ!)。


Belle Isleのナッシュヴィル・セッションでギターを弾いたフレッド・カーター・ジュニア。とくに好きなギター・プレイヤーというわけではないが、無数の録音がある名うてのプロフェショナル、いつだってちゃんと仕事をしている。


そこではたと思った。エンディングのコード進行は、ふつうのヴァースとは異なり、FメイジャーからFマイナーへの「その場でマイナー」になっているのだ。

だから、ソロもメイジャーからマイナーに転調するプレイをしている。これを「外れている」と勘違いしたのではないだろうか。ひでえ音感だが、評論家なんてその程度のが多い。


Belle Isleのナッシュヴィル・セッションでベースをプレイしたボブ・ムーア。ナシュヴィルの大エースだ。Belle Isleでは、ストリング・ベースではなく、フェンダー・ベースを使っているが、そちらの適当な写真を発見できなかった。うしろでテナー・スネア・ドラムにスティックを寝かせているのはバディー・ハーマンその人。エルヴィスやエヴァリー・ブラザーズをはじめ、ナシュヴィルが生んだ数々のヒット曲のグルーヴをつくったコンビである。


ろくでもない耳をしているくせに、「Belle IsleはNY録音の段階では魅力があるのに、ナシュヴィルでのオーヴァーダブで破壊された」だなんてエラそうなこと云いやがって、と向かっ腹が立った。

立腹は血圧の最大の敵、気を取り直して、美しき島の由来を調べつづけた。でも、これがあるようでない、ないようである、わかるようでわからない謎の島、いや、曲自体が、出自のはっきりしない、ミステリーなのだとわかった来た。

そもそも、Belle Isleはディランの曲じゃなかったのだ! どうりで、おっそろしく古めかしい言葉遣いだと思ったわ。古い曲なら当然だ。おおいに納得した。

納得はしたが、謎はいよいよ深まり、検索するうちに、何十ページもの研究論文まで手に入ってしまい、うへえ、と手をあげた。

よって、不本意ながら、Belle Isleの歌詞が語るミステリアスで神話的な物語の意味づけは、先送りにする。

「続・ボブ・ディランのBelle Isle:コードの不思議、歌詞の奇妙、出自の奇々怪々」につづく)


追記:
>きむらさん
コメントへの返信方法がわからないので、ここへ。(赤の他人としてコメントすればいいのかと、やってみたら、文字数制限にはねられてしまいました。)

きむらさんのおっしゃる「代理和音」がchord substitution 「代理コード」「代用コード」のことを指すという仮定で書きます。(そうじゃないとすると、以下はすべて無意味。たんにわたしがバカで何も理解していないだけ、ということになります!)
その場合、たとえば、G7の代わりにDb7(-5)を使う、などというものも含む、広い意味になるように思うのですが、どうでしょうか。

わたしが云いたかったのは、コードの置き換えではなく、あくまでもCからCマイナー、FからFマイナー、といった、サブドミナント・メイジャーからサブドミナント・マイナーへの進行です。

Belle Isleのmy heart can endureにおける、FからFmへというコード進行は、コードの置き換えではなく、たんに、あるコードから、べつのコードへと進んだだけです。

いや、正否を云いたいわけではなく、サブドミナント・メイジャーからサブドミナント・マイナーに遷移する、というケース(コード進行)のみに限った名称としては代理コードは使えないのではないか、と疑問に思ったにすぎません。わたしがちゃんと理解できていないのであれば、さらにご教示を願います。

もう一度、きむらさんのコメントを読み直しましたが、やはり、コードの置き換えのことをおっしゃっているように思われます。あるコードからべつのコードへと進むのと、響きを変えるために、近似的なべつのコードで置き換えることがどうつながるのか、わたしはそこを理解できていないようです。


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