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カミング・アウトしないブルーズ:オスカー・ペティフォードのBlues in the Closet

タイニー・グライムズのことを書こうと準備していたのだが、第二次大戦前から活躍していたこともあり、その未分化の混沌状態を体現するような、ジャンル横断ないしはジャンル未然のスタイルでもあり、うちにある盤もスタイルは多様で、なんとも書きにくく、駄目だ、先送りだ、と断念した。

◎記憶はいつも嘘つき

コールマン・ホーキンズのThe Complete Essen 1960 Jazz Festivalを流していたら、よく知っているリフ/テーマが出てきたものの、タイトルは思いだせず、しょうことなしにFB2Kの表示を確認した。

Blues in the Closetとあった。エッ、そんなタイトルだっけ、だった。うーん、誰かが別のタイトルをつけて録音し、それが記憶に残っていたのか?


Coleman Hawkins - The Complete Essen 1960 Jazz Festival


よくわからないまま、ひとまずHDDを検索したところ、エディション違いのダブりを省くと、この曲は十指に満たない程度しか持っていなかった。スタンダードとしては非常に少ないヴァージョン数で、これなら聴くのも楽、わが家にあるBlues in the Closetの全ヴァージョンをFB2Kにドラッグして聴いてみた。

◎オスカー・ペティフォード

ソングライター・クレジットにはオスカー・ペティフォードの名前があるが、わが家にはペティフォードのBlues in the Closetはなかったため、IAで検索した。MP3だったが、いちおうDLできるものがあった。

Oscar Pettiford - Blues in the Closet, 1953, 78RPM
https://archive.org/details/JV-32767-1953-QmPUb5ZWJFKmMQXZ2b9R6UTZbF4HVBpm22SUXAKfi9PKLE.mp3

確証はないが、これがBlues in the Closetのオリジナル盤だろうと思う。

一聴、あらら、と蹈鞴を踏んだ。オスカー・ペティフォード名義のSPだから、リード楽器はベースと思い込んでいたのだが、どうも雰囲気が違う。

最初はベースだけがテーマをシングル・ノートで弾き、つづいて入ってくるのはピチカートなのだが、ベースにしては音域が高い。クレジットを見ると、ペティフォードはハリー・ババシンとともにチェロを弾いたとあった。


チェロを弾くオスカー・ペティフォード


なるほど。兄弟みたいな楽器なので、ストリング・ベース・プレイヤーの中にはチェロも弾いた人がいる。リード楽器にするにはベースは音域が低すぎて、他の音の下に沈みやすい。それで、ペティフォードはチェロを弾くことにしたのだろう。

インプロヴ・パートは一本なのだが、テーマ(問題のリフ)は二本のチェロでやっていて、片方は3度上かなんかを弾いている。いや、もっと音が重なっているように聴こえる。二人とも、シングル・ノートではなく、コード・プレイをしたのかもしれない。どうであれ、チェロをダブルにするというのは、なかなかけっこうなアイディアだった。4ビートの世界では他に例を知らない。

また、後半に入って、テーマではない、ソロがつづいているようなパートで、ピアノが入って、チェロのラインに音を重ねるところも、ハッとさせる。インプロヴと思わせて、じつはアレンジ、なんていう不思議なプレイは、とりあえずほかに例を知らない。じつに中身の濃い3分間のドラマだ。

レーベルはインペリアル、ハリウッドの会社だ。このころ、ファッツ・ドミノのおかげで軌道に乗ろうとしていた。メンバーも当然ハリウッド・ベースの人たちで、ドラムズはアルヴィン・ストーラー。スタン・リーヴィーやアーヴ・コトラーなどとともに、50年代ハリウッドのスタジオを支えた人である。


アルヴィン・ストーラー ビリー・メイのRudolph the Red-Nosed Reindeer Mamboではヴォーカルもやった。なかなか楽しい仕上がりで、自家製クリスマス・コンプに入れている。


各ヴァージョン、20回ぐらいずつ聴いてみたが、結局、この作者自身のヴァージョンがいちばんいい、と感じた。チェロを重ねたおかげでテーマも厚みがあって気持がいいし、中間のチェロのインプロヴは滅法界にカッコいい。ほかにあるのなら、ペティフォードのチェロ盤を聴いてみたい。

◎タル・ファーロウ

うちにあるいちばん古いBlues in the Closetは、1955年のタル・ファーロウ盤、リーダー・アルバムとしてはセカンドにあたるThe Tal Farlow Album収録のものだ。

ベースはほかならぬオスカー・ペティフォード、ドラムズはわがフェイヴのジョー・モレーロ、バリー・ガルブレイスがセカンド・ギターというカルテットで、もっとも好きなファーストほどではないが、そのつぎぐらいに出来のよいアルバムだ。


Tal Farlow Album, 1955


初期のタルはセカンド・ギターを入れて、ロックンロール的な編成をとった。タルのプレイ自体も、ジム・ホールあたりの精緻かつ繊細なスタイルの対極にあり、精度が低いものの、よく云えば、ラフ・エッジのある、ワイルドな雰囲気をもっていた。

キンクスのレイ・デイヴィスは、音楽をはじめた時は、シンガーになるつもりなんかまったくなく、「タル・ファーロウみたいなプレイヤーになる」つもりだった(!)そうだが、ロックンロール世代の若い衆がタル・ファーロウを好んだのも不思議はない。わたし自身、高校の時はジム・ホールよりタルのほうを好んだ。

タル・ファーロウも、Blues in the Closetのテーマはハーモニーでやっている。すごく簡単なフレーズだし、キーはGなので、ひとりでコード・プレイをするのも楽々なのだが、セカンド・ギターがいるので、やはり二人でやったのだろう。ひょっとしたら、どちらかがコード・プレイで、三音重ねたかもしれない。ペティフォードに倣ったのだろう。ベースも下で同じリフを弾いているので、ギター好きには楽しいサウンドである。

◎ベルナール・ピフェールのCollard Greens and Black-Eyed Peas

フランスのピアニスト、ベルナール・ピフェール(発音サイトで調べた。Peifferというスペリングだが、ぺの音ではなく、ピだった)は、Blues in the Closetではなく、Collard Greens and Black-Eyed Peasという別題でやっている。

あちこち見てみたが、リリース年はわからなかったものの、録音は1954年12月とあるので、1955年リリースと考えておく。


Bernard Peiffer - Piano et Rythme


ピフェールは、ピッチもタイミングも少し変えてやっている。「崩した」というか。再発されるだけあって、なるほど、なかなか上手い人だ。さすがは、アメリカ以外ではもっともジャズが好まれた土地の人だけある。

◎ヴィニー・バーク・ストリング・ジャズ・カルテット

つぎに古いのは1957-01-10録音のヴィニー・バーク盤。ストリング・ベース・プレイヤーのリーダー盤で、他はヴァイオリン、チェロ、ギターという、ジャズ・コンボとしてはほかに例がないくらいのイレギュラーな編成で、こういうオッド・ボールは大いに好むところである。


Vinnie Burk's String Jazz Quartet, 1957


ドラムレスではあるし、ギターもアンプに通さない素の音のため、ヴィニー・バークは攻めない控えめなプレイで、ジャズというにはグルーヴが弱すぎるが、NYとは思えない、ウェスト・コースト・ジャズ風の静かな、涼しいサウンドで、じつに心地よい。

リフ(テーマ)は、ギター、チェロ、ベースの三本でやっているらしい。あいだにブルーズ・ハープのようなカウンターが聞こえ、何かと思ったら、ヴァイオリンだった。ブルージーな感覚をつくりだしていて、ほほう、だった。


ヴィニー・バーク・ストリング・カルテット、って、全員、顔がわからない! ほかに写真がなかったのだろうけれど、それにしてもなあ。


50年代のジャズは、こういう変則的な編成(いずれもアコースティック楽器)の盤がけっこうあって、探索すると楽しい。そのへんのことは、「マット・マシューズのアコーディオンと4 French Horns Plus Rhythm」、「楽器コンビネーションの冒険:マット・マシューズのSwingin' Pretty and All That Jazz, 1960」「再びハープ・ジャズ:The Daphne Hellman Quartet - Holiday For Harp, 1959」などの記事でふれたし、これからもそういうタイプの盤を取り上げるだろう。

◎レッド・ガーランドとアーネット・コブ

レッド・ガーランドのBlues in the Closetは、うちにあるヴァージョンの中でもっとも高速。これ以上速くやったら、グルーヴもへったくれもなくなる、という限界点である。

上手いというなら、ピフェールよりレッド・ガーランドのほうが上手い。速いフレーズも精度高くプレイしているし、タイムも気持がいい。


Red Garland - Red Garland Trio at the Prelude, 1959


アーネット・コブのBlues in the Closetは、レッド・ガーランドの対極、わが家にある全ヴァージョンの中でもっとも遅い。この盤を聴くまで、このアーネット・コブというサックス・プレイヤーはぜんぜん知らなかった。それほど多くの録音は残していないのではないだろうか。

それも不思議はないと思う。けっして下手ではない、いや、むしろ上手いと思うが、ちょっと情感のあるサウンド、スタイルで、楽器に「唄わせる」タイプなのだ。この方向を延長した先にはサム・テイラーのムード歌謡サックス・インストがある、と云ってもいいほどで、これではビーバップ時代の水には合わなかっただろう。いや、これはこれで楽しいプレイなのだが……。


Arnett Cobb - Party Time, 1959


◎スタン・ゲッツとJ・J・ジョンソン

スタン・ゲッツ&J・J・ジョンソンのBlues in the Closetは1957年のAt the Opera Houseというライヴ盤に収録されたもので、ドラムズ=コニー・ケイ、ベース=レイ・ブラウン、ギター=ハーブ・エリス、ピアノ=オスカー・ピーターソンという強力な4リズムに、ゲッツのテナーとジョンソンのトロンボーンという2管が乗るのだから、メンツからはいい音になりそうだが……。

コニー・ケイのスネアのサウンドが気に入らない。安物のヘッドを使ったのか、ポッツンポッツン鈍臭い音をたてるので、へこたれる。スネアはもっとパシッとキレよくキメてほしい。左手首が硬くて、スナップを使えないタイプなのかもしれない。


Stan Getz & J.J. Johnson - At The Opera House, 1957


レイ・ブラウンは好きだが、ほとんどミックス・アウトされた状態で、ヘッドフォンでもぜんぜん聴こえない。50年代のライヴ録音技術の限界か、あるいはただの失敗か。

オスカー・ピーターソンはあまり持っていないし、重っ苦しいプレイをするという印象だったが、このトラックではソロなし、全篇バッキングなのに、上物の二人より目立っている。ノーマルなコンピングではなく、ほとんどソロみたいな、かなり変な「バッキング」だ。

◎コールマン・ホーキンズ(というか、ホントはバド・パウエル!)

そういう名義になっているので、コールマン・ホーキンズと書いたが、そのBlues in the Closetのどこにもサックスの音は記録されていない。よくよくデータを眺めてみたら、トラック5以降はボーナスで、コールマン・ホーキンズ抜きの、1959年の録音、Blues in the Closetはそのボーナス・トラックのひとつだった。


Coleman Hawkins - The Complete Essen 1960 Jazz Festival


ということで実質的に、バド・パウエル、ケニー・クラーク、そしてまたオスカー・ペティフォードというトリオのプレイで、三人ともソロをとっている。

ピアノはレッド・ガーランドのほうが魅力的なプレイをしているが、ケニー・クラークとオスカー・ペティフォードというドラムとベースのコンビネーションは、ガーランド盤よりはるかにいい。まあ、おかげでバド・パウエルの影が薄くなっているが、強力なリズム隊というのは、そういうものなのだから、仕方ない。

◎チェット・ベイカー

アルバムのタイトルはChet Baker Is Back!とあって、まあ、薬物漬けだった人、「体調不良」だったのだろう。例によってフランス録音かと思ったら、イタリア録音。ふーん。


Chet Baker - Chet Is Back! 1962


ドラムはあまり好みではないが、ベースはまずまず、全体に、ジャズ辺境の地のような都落ち感はない(カヴァー・デザインはひどいが!)。肝心のチェット・ベイカーのプレイはと云うと、これはなんというか、いつものグルーミーな感覚はゼロ、無茶苦茶に元気のいいプレイをしていて、ホントにチェットなのかよ、違うんじゃないのー、というぐらい違和感がある。

てことは何かい、あの「いつものチェット」の物憂さは、ダウナー系の化学物質がもたらす気分であり、この盤は、逆にアッパー系でやってみた、とか? それくらいの別人プレイで、なんだか気色の悪い代物だった。

◎シンコペーティッド・リフ

ほかに、ウィリー・ボボ(かなり高速のラテン・アレンジ)やトゥーツ・シールマンス(この人のハーモニカはあまり好きではない)のヴァージョンなどがあるが、略す。


Toots Thielemans, Joe Pass, Niels-Henning, Orsted Pedersen - Live, 1980
シールマンスのハーモニカはあまり出音が綺麗ではなく、好みではない。ジョー・パスはミスタッチを連発する時があり、この盤はその欠点が出た。


Blues in the Closetのリフはいたってシンプルでロックンロール的、1953年、まもなくエルヴィスやチャック・ベリーやリトル・リチャードが表舞台に登場しようとしている「ロックンロール前夜」の気分が反映された曲のような気がする。

譜面にすると、かえってわかりにくいが、じっさいに楽器でやってみると、じつに簡単。聴いてすぐにわかるフレーズだし、わざわざコピーするまでもなく、ギターでやってみれば、すぐに弾ける。


Blues in the Closetの譜面はたくさんあったが、その中から、シングル・ノートのいちばん単純なものを拝借した。コードも単純そのもの。


この譜面では小節の頭からはじまっているが、前の小節の最後の裏拍からはじまる「ピックアップ」にしているものもあった。もともと、シンコペーション・フィールがあるフレーズなのだが、ピックアップを使うと、いっそう、シンコペーションをきかせることができる。

こういうリフというのは、毎度いうように、繰り返し弾いていると自然に変形してしまうもので、逆に云えば、何かのフレーズを繰り返し弾いていると、自然にあらわれるフレーズだから、だれかが何かの曲で、似たようなフレーズをつくり、それが耳にこびりついていたのかもしれない。

Blues in the Closetを聴き、何か違う曲ではないかと思った理由はついにわからなかったが、何かを繰り返し聴き、多くのヴァージョンを聴きくらべ、その曲の拠って来たるところを辿ってみるのはつねに有益で、いろいろ発見があって楽しかった。


Oscar Pettiford - Montmartre Blues, 1960
オスカー・ペティフォードのアルバムはうちには二枚しかないが、これはなかなか楽しい出来で、いつもは一、二回しか聴かない人間がひと月ほどプレイヤーに置いたままで、何度もプレイした。


とりわけ、はじめてオスカー・ペティフォードのチェロを聴けたのはよかった。ほかにもチェロを弾いたものがあるなら、ぜひ聴いてみたい。

オスカー・ペティフォードとデューク・エリントン。ペティフォードがチェロ、エリントンがピアノという録音があるのだろうか。聴いてみたい。


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