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ゆるくてぬるい、お気楽極楽サウンド:「バーミューダはパラダイス」と「ゾンビー・ジャンボリー」

近所のミニ・スーパーが改装された。そうなるだろうと思っていたが、旧式だったレジが新しくなり、現金は人間に渡すのではなく、機械に投入するタイプになった。

棚もレイアウトも旧式、レジも昔ながら、アット・ホームで、ひどく混雑することもなく、お年寄りが支払いに手間取っても、まあ、ゆっくりやってください、と鷹揚に構えることができて気に入っていたのだが、これでよその店と同じになってしまった。いずれ、レジからも人がいなくなるのだろう。

その新装開店の翌日、水道管が割れたのか、水があふれだしたので、修繕を依頼した。二十代終わりぐらいの、にこやかな青年がひとりで来て、小雨の降る中、二時間ほどで直してくれた。

たんなる想像だが、こうした工事会社は、いまやほとんど社員を抱えていないのだと思う。工事の依頼をした時は、たぶん明日になる、ということだったが、後刻、午後ならできそうだ、と連絡があった。

あの出前手配システムのように、フリーランス工事請負人と依頼人とのあいだに立って、事務処理手数料を取っているのではないだろうか。工事も、やがては無人レジと同じように、人間はしなくなるのかもしれない。

雨に打たれながら、泥を掻き出し、原因となっていた木の根を掘り出して、これに水道管が押されて折れたようですと、切り取った泥だらけのジョイント部分を手にきちんと説明し、たちまち修繕してくれたことに大いに感謝しつつ、この好青年を待ち受ける未来の息苦しさを思った。

寒さ暑さ、雨、風はつらいであろうけれど、厭な上司と顔を突き合わせることなく、自由な気分で水と土を相手にする彼の仕事を奪うであろう、未来の冷たいテクノロジーと、それを導入することによって生き延びようとする欲深い法人格という存在に深い軽蔑と憎悪の念が湧いた。

◎やっぱりパラダイス

ボブ・ディランのBelle Isleでは、コード歌詞のコピーにも手間取り、二つの記事を書くのにも途方もない時間を食われて、他の音楽を聴いたり、本を読んだりすることができず、書きも校正も簡単に済ませるということができない性分なので、終わったらひどく消耗していた。


Shostakovich - The 15 String Quartets (The Beethoven Quartet)


未読未聴の山のてっぺんにはショスタコヴィチのチェンバー五枚組があったので、それを聴きはじめたのだが、消耗して柔軟性を失った脳味噌にはあまり面白く響かず、もっと楽なのを聴こうぜ、とHDDの未聴フォルダーを見渡し、だいぶ前にInternet ArchiveでもらったLPリップの山に目がいった。

そのフォルダーには、ノーテンキそうなのが並んでいた。その中から、いかにもお気楽そうなタイトルとフロント・カヴァー・デザインが目についた盤をFB2Kのドラッグした。題して、Bermuda Is Paradise。


Ross Talbot - Bermuda Is Paradise, 1964

Ross Talbot, Bermuda is Paradise LP (1964)
https://archive.org/details/talbot-ross-1964-bermuda-is-paradise
(2024/10/11記 ただし、目下IAはDDos攻撃のためにダウン中だそうな。復旧までしばらくかかるかもしれない。他のIAリンクについても同様。)

いやはや、タイトル通り、お気楽で、ルースで、ぬるくて、なんともいい湯加減。オープナーはタイトル曲のBermuda Is Paradise、そういうことをするから消耗するのだ、やめておけ、と思いつつも、ヘッドフォンをかけて歌詞を聞き取った。

よく聞き取れないのだが、「バーミューダはその魅力を失ってしまったのだろうかと聞かれる、これが私の答えだ」という台詞ではじまるのだから、もう展開は読めたようなものだ。「バーミューダはパラダイス」というタイトルを裏切るはずがない。

「バーミューダはいまもパラダイス、魅力がいっぱい、素敵なビーチは〝よくいらっしゃいました、どうぞ寝そべってください〟とあなたを迎える、リラックスしたムードを失っていないし、どんな苦痛もやわらげてくれる」

ヴァースはこんな調子で、万事、この線に沿って展開する。草津じゃなくて、♪バーミューダよいとこ、一度はおいで、というバーミューダ旅行の勧めなのだ。


バーミューダ


これはこのシンガー、ロス・タルボットという人の作で、ギター・プレイヤーなので、ギターも彼自身のプレイなのかもしれない。トラック2の間奏などのギターを聴くと、チューニングが狂っている弦があり、あらあらと思うが、こういうコンテクストでは、それも味の一部のような気がしてくる。

そもそも、この人の唄自体、ピッチがよろしからず、しばしばシャープするのだが、それもまたよしと思う。アウト・オヴ・ピッチというのは不思議なもので、不快なタイプと不快ではないタイプがある。ロス・タルボットは外れ方がいい塩梅で、ほのぼのとした味があるのだ。

サウンド、曲調も歌詞にふさわしく、緩やかで長閑、いわば「あくび指南」の世界である。フェンダー・ベースではなく、ストリング・ベースなのがいいし、間奏のオルガンもまったく攻めないプレイで、片手シングル・ノートのスカスカした音で、ゆるりと楽しませてくれる。

このプレイヤー、野球で云えば「球持ちがいい」タイプ。突っ込まないだけでなく、ときおり、意図的にタメをつくるというか、少し遅らせる、その間の取り方がすごく上手い。

バンド全体として、超ハイテクニックなどではないが、突っ込まない、リラックスしたグルーヴをつくっていて、ローカルな手練れの集団と思われる。たんに、キチキチに詰めた音は出さない文化であり、また、そういう時代でもあったのだろう。


バーミューダ・トライアングル
昔、「バーミューダ魔の三角海域」なんてことが云われたのを思いだした。この三角形の海域で、多くの飛行機や船が行方不明になったのだとか。スピールバーグのClose Encounters of the Third Kindの冒頭シークェンスのレシプロの戦闘機や、エンディング近くの帰還する行方不明者の群れはこれを利用したものだった。


◎釣り糸の手作り木箱ベース

そういうことをするから、毎度、疲労困憊するのだとボヤきつつ、ちょっと検索したり、IAで関連盤を拾ったりしてしまった(←やめとけと云ったのだが!)。

ロス・タルボットという人は、タルボット・ブラザーズ・オヴ・バーミューダというグループのリード・シンガー兼ギター・プレイヤーだそうで、彼らのアルバムを一枚だけ、IAで確保できた。

Bermuda Holiday by The Talbot Brothers
https://archive.org/details/lp_bermuda-holiday_the-talbot-brothers


The Talbot Brothers - Bermuda Holiday


むろん、いくつかのタイプの曲をやっているのだが、概してふつうのカリプソに近い印象だ。だから、かなり速い、にぎやかな曲もある。アコーディオンを入れているのは嬉しいし、当然ながらストリング・ベース、ただし、リンゴ箱ベースに似た手製の一本弦ベースだ。ジャグ・バンドやスキフルでよく見かけるアレである。

しかし、ロスのソロのあのノホホンとノンビリしたムードとは、ちょっと異なる。あれはソロだからロスのキャラクターを押し立てたのではないか。兄弟バンドのほうは、ソロほどゆるくはなかった。

タルボット・ブラザーズのヴィデオ(なかなか楽しい)
https://www.foreverbermuda.com/video-roy-talbots-famed-bermudavarius/


ベース弦は釣り糸だそうだが、こんな太い糸で鯵、鯖を釣るはずがなく、カジキやカツオだのの大物釣り用のものに違いない。バーミューダではスポーツ・フィッシングも盛んなのだろう。


◎どうせもともと死んでいる:ゾンビー・ジャンボリー

IAには、ほかにバーミューダがタイトルに入っている盤としては、

Hubert Smith & Sydney Bean - Meet Me in Bermuda
https://archive.org/details/various-1950s-meet-me-in-bermuda-with-sydney-bean-and-hubert-smith


Hubert Smith & Sydney Bean - Meet Me in Bermuda


というものがあった。デュオということではなく、LPのA面がヒューバート・スミス、B面がシドニー・ビーンというそれぞれのソロの抱き合わせ盤。昔はこういう変則的なものがときおりあった。

いきなり、オープナーのBack to Back, Belly to Bellyで、これはあれじゃん、Zombie Jamboreeだ、とニルソンの曲、というか、元はキングストン・トリオのヒットか、それを思いだした。


The Kingston Trio - from the “Hungry i” 1959


コーラスは"Back to back, belly to belly, I don't give a damn 'cause I done dead already"というシンプルなもので、この「どうだってイイじゃん、俺、もう死んでるんだもん」というラインが可笑しい。キツい人生におさらばしたゾンビーはお気楽にジャンボリーで踊りまくるのだ。


Nilsson - That's The Way It Is, 1976
あまりいいLPではなかったが、それだけにZombie Jamboreeは印象に残った。


ゾンビーまたはジャンビーというのは悪霊で、犠牲者を踊り狂わせるのだそうだ。それでこの唄では、みな「どうせ死んでるんだ、かまうこっちゃない」と阿波踊りのような気分でみな踊り狂う、ということで平仄は合った。

しかし、これは落語「らくだ」に出てくる「かんかんのう」だわ。いや、かんかんのうは、「らくだ」のなかで屍人踊りにされてしまうだけで、本来はそういうものじゃないのだが。この踊りのふりは伝わらず、唄だけが残ったそうで、よくわからんことは、深く追求せず、引き下がる。

◎変えてはいけないものもある

ロス・タルボットのLPには、Scotch and Sodaという曲が入っていて、これもキングストン・トリオのヒット曲だ。起源を調べてみたら、意外な話が出てきて、へえ、と思ったが、こちらまで追求しはじめると、話が長くなってしまうので、これは他のヴァージョンなども聴いてから、いずれ改めて書くことにする。

ロス・タルボットのBermuda Is Paradiseの収録曲の多くはシンガー自身の作で、Golf Time in BermudaというBermuda Is Paradiseの同工異曲なんぞは、やはりゆるゆるで気持がいい("Leave the worries and a care but hit the ball on the fairway")。


Ross Talbot - Cognito at Midnight
カリプソとかボサ・ノヴァとか書いてあって、どっちなんだよ、と云いたくなる! ロス・タルボットはどの写真でもギターを逆に持っている。左利きだったのは間違いない。


Sunset in BermudaやCognito at Midnightなんていうのもよろしい。キングストン・トリオは、デイヴ・ガードがリードだった時代に、後者もカヴァーすればよかったのにと思う。

クロージングのThis Is Bermudaも、なんともキュートな曲だ。ベース、ギター、パーカッション、みなきっちり仕事をしているし、他の曲同様、オルガンの間奏もすばらしい。

On this Bermuda, so happy and gay, this is Bermuda, let's keep it that way

「これがバーミューダ、そのままそっと何も変えずにおこう」

というコーラスには、いや、まったく、そのままでいてくれよ、と、わたしが子供のころにあったものをほぼすべて失ったこの日本という、狭苦しく、狭量な人間たちが肩肘張って押し合いへし合いする国に生きた年寄りは、溜息とともに深く共感するのだった。

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