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(ヤング)ラスカルズと三つの箱

ラスカルズの三つ目の箱を聴いた。今年五月のリリースだそうで、今回は英国のレーベル、New Soundsのもの。今までの箱の中でもっともボーナス・トラックが充実していて、何も見ずにいきなり聴いたので、おっと、なんだこれは、と何度か驚かされることになった。

◎三者比較

ラスカルズには、以下のような三種のコンプリート・レコーディング箱がある(アトランティック時代のみが対象で、CBS時代まで網羅したものはいまだつくられていない)。

1 The Rascals - Atlantic Years (1998) 日本
2 The Rascals - All I Really Need: The Atlantic Recordings 1965-1971 (2001) アメリカ
3 The Rascals - It's Wonderful: The Complete Atlantic Studio Recordings (2024) イギリス

今回、Discogsで調べるまで知らなかったのだが、最初のボックスであるAtlantic Yearsは、日本だけのリリースだったようで、米盤は存在しないらしい。二つ目のAll I Really NeedはDiscogsには米盤と日本盤が記載されている。そして、今年のIt's Wonderfulはいまのところ英盤のみ。


The Rascals - Atlantic Yearsボックス・フロント
黒地に金の浮き出し、まあ、シックと云えばシックだが、こんなのでいいなら、デザイナーはいらない、俺にだってできるぞ、である。スキャンするとショボいし! もうひとつ云うなら、ラスカルズはあくまでもThe Rascalsだ、定冠詞を忘れると、英語無知がバレて恥ずかしい。


もっとも重要な音質、マスタリングについては、最初の箱である日本製はよくなかった。十数年前の蔵書蔵盤大爆縮の際にも手放さなかったのだが、それはたんなるスーヴェニアとしてのことで、リッピングすらしていない。

いちおう、ライノのロゴが入っているのだが、じっさいの音は到底、ライノないしはビル・イングロットのマスタリングには思えず、米盤が存在しない事実からも、ひょっとしたら、国内にあった古いマスター・テープを使ったのではないかと疑っている。A must to avoid、中古品に手を出してはいけない。買うなら、ただのスーヴェニアのつもりで。


The Rascals - All I Really Need: The Complete Atlantic Recordings 1965-1971


二番目のAll I Really Needは、自分では買わず、FLACファイルをもらっただけだったが、音質は劇的に改善していて、びっくりした。これのせいで、逆に、日本製のAtlantic Yearsのマスタリングへの疑いが生まれた。同じライノのロゴがついているのに、全然音が違うというのは、どういうことだ。

わたしはイギリスのマスタリングをてんから信用していないので、ちょっと心配したが、最後にして最新のIt's Wonderfulについては、大雑把な比較に過ぎないものの、米盤All I Really Needとほぼ同じレベルの音質で、安堵した。普段聴きの常用盤としてひとつだけ残すなら、ボーナスの違いにも配慮して、この箱がいいと思う。


The Rascals - It's Wonderful: The Complete Atlantic Recordings


◎ボーナス・トラックの違い

ボーナスについては、最初のAtlantic Yearsには数曲の45ヴァージョンと、Groovin'やBeautiful Morningのイタリア語などの他言語ヴァージョンが入っているだけで、面白くもなんともなかった。

毎度、他言語ヴァージョンというのには辟易する。意味のあるものなど、ついぞ出合ったことがない。英語圏のアーティストの英語の曲なら、英語ヴァージョンだけで十分、他国の市場向けに無理につくったヴァージョンなどに興味はない。ビートルズだって例外ではない。Komm, Gib Mir Deine HandもSie Liebt Dichも、いちいちリマスターしなくていいよ、ぜんぜんいらない、と毎度思う!


The Rascals - Atlantic Yearsボックス裏のトラック・リスティング
ボーナスは一握りなのに、半分近くがイタリア語だのスペイン語だので、そんなもの聴きたくもない、ほかにマシなものはないのか、だった。それに、このライノのロゴはなんだ。信頼のトレードマークだったはずなのだが、まったくライノとは思えないマスタリングだった。


二番目のAll I Really Needボックスは、ボーナス・トラックとして収録されているものはほんの一握りだが、その代わりに、すべてのシングル盤のAB面を順に並べたボーナス・ディスクが付属しており、シングル・エディット類はこちらに吸収されている。しかし、当然ながら、それはすべて既知の曲、驚くようなものはこのセットでもゼロだった。



驚いたのは今回のIt's Wonderfulだ。知らないテイク、知らない曲があちこちに入っていて、やっぱり、アウトテイクがあったんじゃないか、なんでいままで出さなかったんだよ、であった。

◎初登場の別テイク、アウトテイク

これまでにもアルバムに収録されたことのある、シングル・エディット/ミックスや他国語盤などを除外し、It's Wonderfulではじめて聴いたアウトテイク、オールト・テイクなどのめぼしいものを列挙すると――

Good Lovin' (alt)
Marryin' Kind Of Love
Temptation's 'Bout to Get Me (early ver) (以上The Young Rascalsより)

I'm So Happy Now (undubbed)
I Don't Love You Anymore (alt)
If You Knew (rehearsal) (以上Groovin'より)

Let Freedom Ring
My Love for You
Share Your Love with Me (以上Freedom Suiteより)

Nubia (alt)
You Gotta Try (以上Seeより)

Hey Bo
Silver Dollar Lady (以上Search and Nearnessより)

I Don't Love You Anymore (alt) は、ギター、ベース、ヴォーカル・アレンジはリリース・ヴァージョンに近いのだが、この別テイク(おそらく初期テイク)は、ディノのドラムとトランペットないしはフルーゲルホーンが入っている。しかし、金管はもちろん、ドラムも不要として、このアレンジを捨てた判断は正しかったと思う。

If You Knew (rehearsal) は、歌詞も未完成、当然、ヴォーカル・アレンジも固まっておらず、バッキングはアコースティック・ギター2本とマラカスなどのパーカッションのみでやっている。


The Young Rascals - Groovin', 1967 米盤ステレオ・エディション・フロント・カヴァー
ライノがこれをそのままリイシューしていて、そのスキャンをよく見かける。オリジナルのアトランティック盤そっくりのデザインだが、上端のマトリクス部分がライノ盤独自のものになっている。このスキャンはアトランティックのマトリクスであるSD 8148なので、本物。保証する。


中学の時、自分たちのバンドでこの曲をやろうかと思ったのだが、あの時代のわれわれの貧弱なPAでは、アコースティック・ギターとドラムを共存させられず、断念した。それでも念が残り、もうひとりのギターと二人で、何度か、ギターだけで唄って楽しんだので、ラスカルズが似たようなスタイルでやっているのを聴けて、ちょっと嬉しくなった。

◎チャック・レイニー登場

アトランティック時代、ラスカルズにはベース・プレイヤーがいなかったので、最初の2枚はおそらくギターのジーン・コーニッシュがベースをプレイし、ライヴではフィーリクスがハモンドのフット・ベースを入れていた。


The Young Rascals - Collections, 1967


サード・アルバムのGroovin'からはスタジオ・プレイヤーがベースを弾くようになったが、クレジットはない。しかし、すくなくともIf You Knewのベースはチャック・レイニーに違いない。

あの時期のレイニーは人差し指一本のフィンガリングなので、速いパシージになると、指の数が倍の他のプレイヤーと違って、アップだけでは間に合わず、人差し指でダウンもやっているのだが、このダウンの時に、爪が当たるからか、あるいはタイムが微妙にズレるからか(たぶんその両方)、独特のサウンドになるので、聴けばすぐにわかる。すでにIf You Knewで、この人差し指ダウン・ピッキングの音が聴こえるのだ。


チャック・レイニー
若いころの写真はこれしか見当たらなかった。まあ、昔はそれほど有名ではなかったから。


◎Nubiaとロン・カーター

同じように、Groovin'からは、たとえば、How Can You Be Sureのように、ストリング・ベースも使うようになるが、レイニーはフェンダー・ベースの人なので、誰か別人である。しかし、こちらも推定はできる。ロン・カーターである。

つぎのOnce Upon a Dreamでレイニーのクレジットが入ったように、ロン・カーターもクレジットされるようになるのだ。そこから逆算して、サード・アルバムのストリング・ベース(アップライト・ベース、スタンダップ・ベース、ウッド・ベースなんでもいいが、アメリカの4ビートや8ビートの世界では、「コントラバス」という名称だけは絶対に使わなかったし、「ダブル・ベース」も稀。近ごろはウィキもDiscogsも、平気でコントラバスやダブル・ベースと書いているが、あれは元のクレジットに書かれたものではなく、記述者の勝手な改変)はロン・カーターだったと考えている。じっさい、なかなかいいプレイなのだ。ロン・カーターと措定して矛盾は感じない。


The Rascals - Once Upon A Dream, 1968フロント・カヴァー
デザインはドラマーのディノ・ダネリ。立体コラージュをつくり、それを撮影したのだろう。このアルバムから、グループ名がラスカルズと短くなった。もう子供ではない、ということだろう。


4枚目のOnce Upon a Dreamではロン・カーターの出番は増え、A Rainy Day、My Hawaii、Silly Girl、そしてタイトル曲のOnce Upon a Dream(途中でボウイングもやっている)などでストリング・ベースが使われている。当然、わたしは子供だったので、この盤ではじめてチャック・レイニーとロン・カーターの名前を知り、覚えた。ロン・カーターについては、とくにSilly Girlのプレイに感心した。

つぎのFreedom Suiteには、チャック・レイニーとジェリー・ジェモットのクレジットしかないのだが、Heavenは明らかにストリング・ベース、しかも、只者ではない上手さ、これはロン・カーターだと考えている。


The Rascals - Freedom Suite, 1969
スキャンではなく、カメラ撮りなので、すこし歪んでいるが、銀紙を使ったオリジナルLPのデザインはついに再現されなかったので、やむを得ず、このJPGを借りてきた。ダブル・アルバムで、ディノの絵が数葉、挟み込まれていた。いかにも全盛期のリリース。


6枚目のSeeでは再びロン・カーターがクレジットされたが、たぶん、彼がプレイしたのはNubiaだけだ。しかし、このNubiaのベースがすごくて、子供はおおいに感心した。

今度の箱では、このNubiaの別テイクが収録され、喜び勇んで聴いたのだが、うーん、リリース・テイクとどこが違うの? だった! ピアノをはじめとしてステレオ定位は異なるのだが、わたしにわかった違いはそれだけだった。オルタネート・テイクではなく、たんなるオルタネート・ミックスなのではないか?


The Rascals - See, 1969
もちろん、ルネ・マグリットのタブローをトリミングしただけのデザイン。しかし、これを選んだのも日曜画家だったディノ・ダネリだろうと考えている。


しかし、どこが違うんだと意識を集中したおかげで、ロン・カーターの見事なプレイをたっぷり味わうことができたのだから、まんざらこのオルタネートには聴こえないオルタネート・ヴァージョンも無駄ではなかった。

ロン・カーターについては「デイヴ・パイク、ジム・ホール&ロン・カーター、ハービー・マンほか:Sonny Rollins' "St. Thomas"各種 」という記事でふれたことだし、いずれ別の盤でふれることもあるだろうから、これくらいで切り上げる。

ロン・カーターはもっとも好きなストリング・ベース・プレイヤーであり、彼を知ったのはラスカルズの盤でのことだった、とくにNubiaのプレイは素晴らしい、ということを確認するにとどめる。


子供の時はスティーヴ・スワロウが大好きだったし、長じてのちもレッド・カレンダーやレイ・ブラウン、さらにはミロスラフ・ヴィトウス(!)など、いろいろなストリング・ベース・プレイヤーを好きになったが、人生終盤に差し掛かっての結論は、やっぱりロン・カーターがベスト!


◎Temptation's 'Bout to Get Me

Temptation's 'Bout to Get Meはラスカルズのオリジナルではなく、1963年のナイト・ブラザーズのシングルのカヴァーだ。そのせいもあったのだと思うが、70年ごろだったか、アルバムSeeでラスカルズのヴァージョンを聴いた時は、近ごろの彼らのサウンドとはずいぶんかけ離れたものに感じた。

It's Wonderfulボックスではじめて、この曲の初期ヴァージョンを聴き、なるほど、デビュー当時にカヴァーしようとして上手くいかなかったのを、理由は知らないが、あとになってホコリを払ってよみがえらせたから、あの時、古めかしく感じたのだな、と得心した。


ナイト・ブラザーズのTemptation's 'Bout to Get Meはわが家には3ヴァージョンあるが、うち2種はステレオ、このDave Godin's Deep Soul Treasures: Taken from the Vaults Vol. 4収録のものだけがモノ・ミックスで、これがいちばん好ましい音だった。


それはともかく、ボツになったTemptation's 'Bout to Get Meの初期テイクは、ナイト・ブラザーズ盤のストレート・カヴァーと云ってよく、テンポもオリジナル盤に近い遅さだ。たぶん、それがまずくてお蔵にすることになったのだろう、Seeのリメイク・ヴァージョンでは、少しだけ速くしている。

今回、まじめにヘッドフォンで聴いて、すべてのヴォーカルはエディー・ブリガティーのような気がしてきた。すくなくとも、ヴァースの2パートは確実にエディーのダブル・トラックだ。

フィーリクスが一緒に唄わなくなったのは、Rubber Soulあたりからジョンとポールが一緒にヴァースを唄うことがなくなったのと似ていて、二人のあいだに反目、対立が生まれたのでは、と思わせる。

Freedom Suiteでフィーリクス・カヴァリエーレ(キャヴァリア)が政治問題へと強く傾斜したことに対して、エディーが批判的だったというのは、当時の雑誌にも書かれていたことで、そこから、音楽的にも対立し、フィーリクスはエディーのために曲を書くことをやめてしまったのではないか、それでエディーは仕方なく、昔やろうとした他人の曲を引っ張り出したのではないか、ふと、そんなことを思った。


80年代のライノによるラスカルズのリイシューLPから、Freedom Suiteのデザインは、銀紙を廃して、つまらないグレイの地に変更され、以後のCD、LPどちらの再発もそれを踏襲した。


今回初めて聴けた、Freedom Suiteのアウトテイクである、Let Freedom Ring、My Love for You、Share Your Love with Meという三曲のすべてのリード・ヴォーカルがエディーだということも、その反目と関係しているのではないか?

そう考えると、The Letterなどという、ラスカルズがカヴァーする意味のない大ヒット曲をエディーが唄ったのも、結局、フィーリクスがエディーのために曲を書きたがらなくなったせいか、という気がしてきた。

◎Search and Nearnessのニアネス

It's Wonderfulボックスについては以上でおしまい。以下は附けたりである。

当時買わなかったせいもあり、また、それほど出来のいいアルバムではなかったこともあって、Search and Nearnessという、アトランティックでの最後のアルバムは、これまで腰を据え、本気で聴いたことがなかったが、It's Wonderfulボックスのおかげで、二度、通しで聴き、まんざら捨てたものでもないな、と思い直した。


The Rascals - Search And Nearness, 1971


フィーリクスは、かつてのようなキャッチーな曲は書けなくなったようだが(それでも、I BelieveとGlory GloryはシングルA面らしい出来だ)、ディノ・ダネリのドラミングは、この時点ではまだかつての魅力を失っていない。何が起きたにせよ、それはこのアルバムの録音の後でのことだったに違いない。

とくに、You Don't Knowのハイハットの刻みと、フロアタムの使い方は、以前ほどではないにしても、かなりいい。Almost Homeのハイハットも精度が高いし、叩き方が正しいので、サウンドも綺麗だ。

CBS移籍後から、なぜあれほどつまらないプレイをするようになってしまったのか、摩訶不思議というしかない。しかし、ジム・ゴードンほどのドラマーでも、精神疾患と薬物中毒のせいなのか、70年代終わりにはひどい録音を残しているわけで、ドラマーの衰えというのは、不意にやってくるものなのかもしれない。


Time Peace: The Rascals' Greatest Hits, 1968
最初のベスト盤。見ればわかるだろうが、デザインはもちろんアンディー・ウォホール。


残念ながら、人間は遅かれ早かれ衰える。とくにドラマーは、速くて激しい体の動きを、マイクロ秒の精度でコントロールしなければならないため、衰えがはっきりと表にあらわれてしまうのだろう。

ディノ・ダネリ、ジミー・ゴードン、ハル・ブレインの魂の安らかならんことを祈る。わたしが十代の時に愛したドラマーは、もう誰ひとりとして地上にはいない。


The Young Rascals - Good Lovin'国内盤フロントこれはピクチャー・スリーヴではなく、EP盤と同じような袋になっていた。(ヤング・)ラスカルズの日本への紹介は遅れ、デビューから2年後、Groovin'がビルボード・チャート・トッパーになってからのことだった(と記憶している)。そのため、彼らにとっては最初のチャート・トッパーだった1966年のGood Lovin'も、国内盤45がリリースされたのは、やっと68年のことだった。B面のIt's Wonderfulは、アメリカではA面として、68年にリリースされた。


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