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夭逝のサーファーを悼む:The Stills-Young Band - Long May You Run

スティルズ=ヤング・バンドの唯一のアルバム、Long May You Runの2019年のリマスターを聴いてみた。

冒頭、CDエディションにはなかった短いハーモニカの音が入っていて、たしかに異なるマスタリングなのだが、もともと悪いマスタリングではなく、一曲一曲、以前のCDリッピングと比較しながら聴いたが、大きな違いは感じなかった。


いま、ふと思ったが、冒頭のハーモニカは、LPの時にはあったものが、CDでは略され、リマスター盤で復活したのかもしれない。まあ、どちらにしてもトリヴィア、たいしたことではないが。

◎ジョー・ヴィタール

聴きなれたアルバムを、ヘドフォンをかけて慎重に聴き直したのだから、何か感じたかと云うと、うーん、ジョー・ヴィタールも、悪くないドラミングをしていたな、ということぐらいか。


ジョー・ヴィタールとリンゴ


ベース・プレイを聴けばわかるが、スティルズはタイムのいい人で、それを反映して、CS&N以降は、ジム・ゴードン、ダラス・テイラー、ジョー・ララ、ジョニー・バーベイタ、さらにはスティルズ自身と、タイムのいいドラマーおよびパーカッション・プレイヤーと組んできた。ジョー・ヴィタールも、スティルズが長く組んだだけあって、タイムはいい(チューニングは好みではないが)。


スティルズ自身がドラム・ストゥールに坐ったトラックもかなりある。


◎ニール・ヤングに乗っ取られたスティルズ・バンド

Long May You Runでは、なぜかスティルズは不調で、いい曲はみなニール・ヤング作、どうしてこんなにアンバランスになったのか不思議だが、スティルズの曲では、Guardian Angelがまずまずかな、と聴き直して思った。

しかし、昔から好きだった、タイトル曲とMidnight on the Bay以外にも、Ocean GirlやFontainebleauも好ましく感じられるようになり、ほんとうにこの時のニール・ヤングは好調で、ソングライターとしてのクリエイティヴ・ピークにあったと思う。

バンドは、ドラムズはヴィタール、ベースはジョージ・〝チョコレート〟・ペリー、パーカッションはジョー・ララ、キーボードはジェリー・アイエロと、スティルズのいつものメンバーで、スティルズ・バンドそのままの上にニール・ヤングが乗っただけの格好だが、あるいは、それで雑事から解放され、曲作りだけに集中できたのかもしれない。


この二人がいるライヴは、しまいにはギター・バトルになってしまうのが困りもの。


◎クロームのハートを輝かせ

はじめは、Midnight on the Bayがベスト・トラックに感じられたが、繰り返し聴いているうちに、Long May You Runの歌詞が聴こえはじめて、中袋の歌詞で、聞き取れなかったところをたしかめ、これはいいなあ、ニール・ヤングのベスト・トラックじゃないか、と考えるようになった。

はじめに耳についたのは、

Maybe the Beach Boys have got you now, with those waves singin' "Caroline, No"
「いまごろ、きみはビーチボーイズに夢中なんじゃないか、波に乗りながら〝キャロライン、ノー〟を唄っていたりしてな」

というラインだ。なぜ、ビーチボーイズが出てくるのかと思い、遡って経緯をたしかめた。

第一ヴァースは曖昧だが、第二ヴァース前半は、

Well, it was back in Blind River in 1962 when I last saw you alive
「あれはたしか1962年、ブラインド・リヴァーでのことだった、生きているきみの姿を最後に見たのは」

となっていて、「きみ」は1962年に、またはそれからまもなく死んでしまった友だちだとわかる。それで第三ヴァースの「いまごろ」の意味も見えた。とうの昔に死んでしまった友だちが、いまごろ、あの世でどうしているだろうか、と想像したのだ。



第三ヴァースは、

Maybe the Beach Boys have got you now
With those waves singin' "Caroline, No"
Rollin' down that empty ocean road, get into surf on time

彼はサーファーで、だから、あの世で波に乗りながら、ブライアン・ウィルソンの「キャロライン、ノー」でも唄ってるかもしれないな、という、はるか昔、若くして死んでしまったサーファーの友だちを偲ぶ唄だとわかった。

だから、三度繰り返されるコーラスが、

Long may you run, long may you run
Although these changes have come
With your chrome heart shinin' in the sun, long may you run
「いつまでも走りつづけたまえ、ものごとはみな様変わりしてしまったけれど、クロームのハートを太陽に輝かせ、どこまでも走りつづけたまえ」

となっているのは、最後まで来てすっきり腑に落ちる。(クローム鍍金は、テイル・フィンと並ぶ50年代のアメリカ車の特徴。)


クロームとテイル・フィン
With your chrome heart shinin' in the sun


◎わが友、わが時代

若いころ、ふたり、サーファーの友だちがいた。鎌倉は由比ヶ浜、それもすぐそこは浜という若宮大路沿いに住んでいたものだから、彼らはライドの前後によくわが家に立ち寄ったし、お前もたまには乗ってみろ、と七里ガ浜までわたしを連れ出し、板に乗せて海に押し出したこともあった。

(後年、Tonight Showでの、ブルーズ・ブラザーズの二人が「カリフォルニア州法第XX条サーフィンをしなかった罪」でブライアン・ウィルソンを逮捕し、板を抱かせて海に投げ出す、というコントを見て、俺も似たようなことをされたぜ! と大笑いした)。


ジョン・ベルーシに〝逮捕〟されたブライアン・ウィルソン!


その友だち、かつてバンド仲間でもあったほうの奴が、あれはいつだろう、75年の夏か、深夜、横浜の町を走っていて、事故に遭って死んでしまった。帰って来たぞ、来週あたり会おうぜと電話があって、ほんの二、三日後の出来事だった。

あいつはアメリカ住まいだったので、日本に帰って来るのは夏休みだけ、結局、あの夏は会う前に死んでしまったので、最後に会ったのは前年の夏ということになる。



人がほんとうに死ぬのは、肉体が死んだ時ではなく、この世に誰もその人のことを記憶する人間がいなくなった時だ、ということを云った人がいた。

若死にしたその友だちのことは、しばしば思いだしている。だから、Long May You Runも、これはあいつのことを唄っているように聴こえるじゃないか、と深く感じ入った。

「クロームのハートを輝かせて、どこまでも走りつづけろよ」と、在りし日の自分を偲んで唄ってくれる人間が、わたしにはいるかどうか。長生きすれば、その可能性はどんどん低くなっていく。

@tenko11.bsky.social

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