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アリス・コルトレーン、モーダル・ジャズ、ラーガ・ロック、マイケル・ブルームフィールド、アル・クーパー

「同じ弦でハープを弾く愚者」に書いたように、ハープ盤を集めている。あの時もアリス・コルトレーンの名前をあげたが、彼女の未聴の盤を入手した。

◎ハープ盤のような、そうでもないような

いつもハープを弾くとはかぎらないのだが、このLord of Lords (1972)のハープ含有率はゼロでもなければ百パーセントでもなかった。ハープを弾いてはいるものの、ハープ盤というのはためらう鳴り方だし、ピアノやオルガン(60年代終わりのアル・クーパーのようなトーン)も弾いているし、そもそも、主体はオーケストラのほうにあるように感じる。


Alice Coltrane - Lord Of Lords, 1972


オープナーはAndromeda's Suffering、いきなり大きく出たな、というタイトル。大きく出ただけあって、長い序曲だねえと思ったのだが、いつまでたっても序曲のままで、いっこうにはじまらない。ポップ・チューンにパラフレーズすると、イントロだけで、ヴァースもコーラスもブリッジもない曲、だった。

昔、ミシェール・ルグランが、ノーマン・ジュウィソン監督、スティーヴ・マクウィーン、フェイ・ダナウェイ主演の「The Thomas Crown Affair」(華麗なる賭け)という映画の挿入曲として、The Windmills Of Your Mindという曲を書いたのだが、これがぜんぜん解決せず(コードが循環してキーに回帰しない、メロディーが終止しない)、ひとひらの羽毛がぐるぐる宙に舞っているだけで、ぜんぜん地面に落ちてこないような曲だった。中学生は、映画館であの曲が流れるグライダーの飛翔場面を見つつ、うわあ変な曲、と思った。


Michel Legrand - The Thomas Crown Affair OST, 1968


アリス・コルトレーンの「アンドロメダは病む」(マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』1971にインスピレーションを得た、なんてことはないか)の終止感の欠如で、ルグランを思いだしたのだが、こちらはコード・チェンジがなく、ジャズ的には「モーダル」な曲とみなせるので、あれとはやや異なる。たとえるなら、飛行機がいつまでも滑走をつづけ、永遠に離陸しないような感覚である(楽曲としてみれば、コード・チェンジはあるのに、それがキーに戻らないまま、ぐるぐると旋回する感覚を生んでいるルグランのほうがはるかに高度で、あれは離れ業だった)。

ちょっと戸惑うのだが、そういう曲なのだと思えば、そう悪い感覚でもなく、50年代の実験音楽の文脈に置いたら、すっきり収まるんじゃないだろうかという気がしてきた。

◎序曲だらけ

真ん中にストラヴィンスキーのThe Firebirdからの抜粋をはさんで、前後の曲はすべてアリス・コルトレーン自身の作で、他もコードなし、どれもみな序曲かイントロのように聞こえ、そして、永遠に離陸しない。

まあ、ご当人としては永遠に「着陸」せず、飛翔をつづける、という気分かもしれないが、こちらは離陸前の気分が抜けない。いや、悪いというわけではなくて、面白い違和感である。

最後の曲は「Going Home」、終止感のありそうなタイトルだなと思ったが、微妙だった。ドヴォルジャーク「新世界」のメロディーを一部借用していて、そういう意味では終止感に近いものはあるのだが、これまた終わりそうで終わらず、やっぱり同じところをぐるぐる回るような曲で、ゴーイング・ホームしようとしたけれど、日暮れて道遠し、やっぱりホーム・ベースにはタッチできない曲だった。


Dvorak - Symphony 9 "From the New World" (Rudolf Kempe with Royal Philharmonic)


アリス・コルトレーンは、この「Going Home」でオルガンを弾いているが、和音はいっさい使わず、終始一貫シングル・ノートで通している。ラーガ的というか。

◎ジョン・コルトレーンとラーガ・ロックの誕生

ポール・バターフィールド・ブルーズ・バンドの二枚目「East-West」のタイトル・カットは、コード・チェンジのないモーダルな曲で、あれは当時、(アリスではなく、亭主のほうの)ジョン・コルトレーンのモーダルな曲に影響を受けたとみなされた。


The Paul Butterfield Blues Band - East West, 1966


インド音楽が注目を受けた時代で、あのラーガのコードのないスタイルとコルトレーンを結びつけて、ロックンロールのほうでもモーダルな曲が生まれはじめたが、PBBBのEast-Westはそのごく初期の一例で、まさにラーガのように、えんえんとマイケル・ブルームフィールドのギター・インプロヴがつづく。


The Byrds - Fifth Dimension, 1966 このアルバムに収録されたEight Miles Highも、間奏部分でのマギンの12弦ギター・ソロはコルトレーンのモーダルなスタイルを模している。


そのマイケル・ブルームフィールドが注目を浴びないのを惜しんだアル・クーパーは彼のギター・プレイを存分に聴かせることを目的に、Super Sessionという画期的なアルバムを企画し、そのアルバムのためにアル・クーパーはHis Holy Modal Majestyという曲を書いた。


Michael Bloomfield, Al Kooper, Stephen Stills - Super Session, 1968


タイトルにモーダルという語があるように、モーダルなものを意図した曲で、冒頭こそコードがあるが、途中でコードレスになる。もちろん、PBBB時代のEast-Westにおける、ブルームフィールドの鬼気迫るインプロヴを意識しての企図にちがいないが、この曲に関する限り、目立つのはアル・クーパーの変なオルガンだった。

あの当時はわかっていなかったが、これは明らかにコルトレーンのソプラノ・サックスによるモーダル・プレイを意識したものだった。途中からノーマルなトーンに変えるが、コードのあるヴァースのような部分での音はソプラノ・サックス風にしている。


John Coltrane - The 1961 Newport Set


アリス・コルトレーンのGoing Homeでのオルガン・プレイは、アル・クーパーのHis Holy Modal Majestyを思い起こさせて、ふと、アリス・コルトレーンはアル・クーパーを聴いていたのかな、などと思ったが、すぐに首を振った。ふたりとも、ジョン・コルトレーンのソプラノ・サックスによるモーダル・プレイの影響下にあったに過ぎない、源泉がひとつだから、その下流同士が似ただけだろう。

アリス・コルトレーンのLord of Lordsはハープ盤とは云いにくい音で、ハープ・マニアとしては、ちょっと肩透かしを食ったような感じだったが、それはこちらの期待にすぎず、そこから離れて虚心に聴けば、愉快な違和感のある面白いアルバムだったし、モーダル・ジャズについて振り返るきっかけになり、結局、すべてはつながっているなあ、であった。

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