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サーチャーズとラヴァーン・ベイカーのBumble Bee、ついでにリムスキー=コルサコフのThe Flight of the Bumble Bee

The Girls Got Soul 1960-69、という、アトランティックのカタログからオブスキュアな曲をサルヴェージして、小銭稼ぎを目論む(という意図ざんしょ?)ケント・レコードのWhere It's Atシリーズの一枚を聴いた。

タイトル通り、60年代女性R&Bシンガー集。昔、日本ですらかなりエア・プレイがあって、ぜんぜんレアじゃないスウィート・インスピレーションズのヒット、Sweet Inspirationsがオープナーだが、あとはまあ宣伝通り、覚えていなかった曲、持っていないノン・ヒットがほとんどだ。

◎マスル・ショールズとメンフィスの二都物語

アトランティックと云っても、60年代はスタックスと契約していたので、スタックス所属アーティストの録音を配給していたばかりでなく、自社のロースターのアーティストを南部に送り込んで、メンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオやマスル・ショールズのフェイム・スタジオで録音していたので、そういうトラックがかなり入ってる。


ジーン・クリスマン。メンフィスのアメリカン・サウンド・スタジオのハウス・バンド、いわゆる「メンフィス・ボーイズ」のドラマー。子供の時、ハービー・マンのMemphis Undergroud でのすばらしいドラミングを聴いてぶっ飛んだ。ドラマーのあるべき姿を教えてくれた人。


したがって、それぞれのハウス・バンドのドラマーたち、ロジャー・ホーキンズ(マスル・ショールズ)や、わが愛するジーン・クリスマン(メンフィス)のドラミングがいくつかあって、けっこう毛だらけのグッド・グルーヴが多く、意外にも、なかなか気分のよいアルバムだった。


マスル・ショールズのロジャー・ホーキンズ。60年代、つねにハル・ブレインを意識して叩いていたとインテヴューで云っていた。南部土着の音ではなく、普遍性を考えたドラミングをしている。


◎ここで会ったが百年目、盲亀の浮木、優曇華の花、ラヴァーン・ベイカーの丸花蜂

なかばまで聴いたところで、おや? という曲が流れた。これはあれじゃないか、ほら、サーチャーズのBumble Bee! てえんでプレイヤーの表示を見ると、シンガーはラヴァーン・ベイカー。へえ、これってラヴァーン・ベイカーの曲だったのかよ、この年になって、はじめてサーチャーズ以外のヴァージョンに遭遇したぜ、であった。


サーチャーズのBumble Beeをタイトルにした英盤EP。


検索した。毎度、信用ならないウィキのサーチャーズ・ディスコグラフィーには、ラヴァーン・ベイカーがオリジナルと書いてあるけれど、いやいや、ウソウィキの記述を丸呑みするのは危険千万、さらに検索、いつも信頼できるSecond Hand Songsには、やはり違うことが書いてあった。

最古のヴァージョンはフィーニクス、アリゾナ出身のR&Bヴォーカル・グループ、タズ(The Tads)とあった。ぜんぜん記憶にないグループだが、discogsによれば、そもそもこの曲の作者、Leroy Fullylove(リロイ・フリーラヴ?)は、このタズのメンバーだという。じゃあ、彼らがオリジナルだな、と思いそうになったが、しばし待て、Second Hand Songsの記述には注釈がついていた。

タズ盤の録音は1960年だが、じっさいにリリースされたのはその10年後なのだとか! ラヴァーン・ベイカー盤はタズの録音と同じ60年にリリースだそうで、じゃあ、当時、市場にあったBumble Beeはラヴァーン・ベイカー盤のみ、サーチャーズのカヴァーはそれをもとにしたことになる。


Bumble Beeを収録したアルバム、The Searchers - Sounds Like Searchers, 1965


ただし、ここで無視してはいけないことがある。音楽出版社(楽曲出版社)には多数のデモ・テープやアセテート盤が届く。出版社は、これをもってプロデューサー(昔の呼び名はA&R=アーティスト&レパートリー、つまり、「曲とシンガーを結びつける」人間だった)を訪れ、売り込む。同時に、プロデューサーやアーティスト自身が、目ぼしい曲はないかと、出版社に出向いて、デモ・テープあるいはデモ盤(アセテート盤)を漁る。

発売を見送られたタズのBumble Beeのテスト・プレスは、デモ盤となって出版社に持ち込まれただろう。ラヴァーン・ベイカーのプロデューサーがそれを聴き、彼女に唄わせた可能性が高い。


NYのブリル・ビルディングやハリウッドのヴァイン・ストリートに相当する、英国音楽産業の中心地、デンマーク・ストリートの楽器店。ギブソンのSGやセミアコが見える。


そして、そのアセテート盤が海を渡り、デンマーク・ストリートに集中するロンドンの楽曲出版社に届き、サーチャーズの選曲者だったドラマーのクリス・カーティス(サーチャーズは彼の耳のよさを支柱にして生きているバンドだった)が、いつものデモ漁りで、タズ盤Bumble Beeを聴いた可能性もある。クリス・カーティスがBumble Beeを発見したであろう道筋はひとつではないのだ。


キンクスの1970年のアルバム、Lola Versus Powerman And The Moneygoround
レイモンド・ダグラスにはいくつか自己言及的音楽産業ソングがあるが、このLPに収録されたそのものずばりDenmark Streetというのもそのひとつ。


チューブでタズ盤を聴いたが、ギターのせいで、こちらのほうがベイカー盤よりロック・フィールがある。まあ、いまとなってはたしかめようのないことを、ああだこうだとあげつらっても仕方ないが、でもまあ、こういう過去の経緯を想像するのもまた、音楽を聴く愉しみの一部だから、穿鑿はやめられないのだ。

◎ヴェンチャーズがやったもう一匹の蜂

Bumble Beeで思いだす別の曲がある。ヴェンチャーズのBumble Bee Twistだ。


いまとなっては記憶は薄れてしまったが、最初にBumble Bee Twistを聴いたのはこのEPだと思う。


これは小学校の時に買った盤のライナーに、リムスキー=コルサコフの曲をアダプトしたものと書かれていて、作曲家の名前は忘れても、クラシカル・テューンを元にしているということはその時に銘記した。


ライヴ盤The Ventures in Japan。あるいは、小学校の同級生が持っていたこの盤のライヴ・ヴァージョンがはじめてのBumble Bee Twistだったかもしれない。


ヴェンチャーズは、ボロディン(韃靼人の踊り=Stranger in Paradise、ただし直接のアダプテーションではなく、ブロードウェイ・ミュージカルにされたものを、ジョニー・スミスがギター曲にアレンジしたものを元にしたと見ている)やら、ブラームス(ハンガリー舞曲第5番=Rap City。子供の時に買った「10番街の殺人」のB面だった)などのように、ほかにもいくつかクラシックのアダプテーションをやっている。


Johnny Smith - Walk Don't Run
ヴェンチャーズがカヴァーしたWalk, Don't RunとStranger in Paradiseという曲を両方とも収録した編集盤で、ジョニー・スミスの究極のギター技術を知るには格好のもの。


Bumble Bee Twistはリムスキー=コルサコフの曲がベースで、サーチャーズやラヴァーン・ベイカーがカヴァーしたBumble Beeとは赤の他人ソングなのだが、周辺的事実もいちおう押さえておかないと安心できない人間で(だから、いつもあちこちに話が飛び、枝垂れ尾の長々し山鳥に成長してしまう)、つい、そっちの書かれた年も確認しようと検索してしまった。

◎バンブル・ビーとは俺のことかとクマンバチ云い

いや、わたしもよくない。Bumble Beeは蜜蜂だと思い込んでいた(蜜蜂はHoney Beeに決まってるのに!)。それで、リムスキー=コルサコフの曲の邦題は「蜜蜂の飛行」だったよな、てえんで、このキーワードで検索したと思いねえ。ところがどっこい、いつだって当てごとと何とかは向こうから外れる、DuckDuckGoは、かわりに「熊蜂の飛行」なるものをリストアップした。

あれえ、Bumble Beeって、クマンバチのことかよ、てえんで、手元のリーダーズ英和辞典を引いたら、冗談云ふねへ旦那、それは丸花蜂のことでござんすよ、と書いてあるじゃないか。どういうことだよ! 


ホロヴィッツによるThe Flight of the Bumble Beeを収録したボックス・セット、Vladimir Horowitz - Complete Solo European Recordings。さすがは、というプレイ。


しからば、てえんで、リーダーズで「熊蜂」を引いたら、Carpenter Beeで御座る、と云われた。おいおい、「熊蜂の飛行」てえのは、ぜんたい、どこから捻りだした嘘っぱちだよ、昔の音楽の先生の誰かさん!

付け加えると、丸花蜂はミツバチ科に属すので、わたくしの「蜜蜂の飛行」という思い込みは、熊蜂などという絶対的な見当違いにくらべて、断然はるかに、圧倒的確実に正解に近似している。ウィキの云うことだから、頭から信用しないほうが身のため頭のため血圧のためだが、いちおう、英題はロシア語からの直訳で、合っているらしい。日本語だけが誤訳なのだ。


パブロ・カザルスもThe Flight of the Bumble Beeをやっていた! The Complete EMI Recordings 1926-1955というボックス・セットに収録されている。


◎楽しいごった煮

まあいい。1)Bumble Beeは熊蜂ではなく丸花蜂である、2)丸花蜂はミツバチ科に属する、3)熊蜂は英語でCarpenter Beeである、という、残り少ないわが人生で役に立つ局面が訪れることはないであろう、ほぼどうでもいい三つの知識を得られたのは、きっと、たぶん、もしかしたら、有益であった――やうな気がする。

わたくしは子供のころからいつも、自分が抱えている曖昧テキトーな知識に、真っ直ぐな背骨とクッキリした輪郭を与えてくれる事実を拾うことで、精神を安定させてきたので、これでよろしい。不安定なのは、Bumble Beeを熊蜂などと誤訳して平然としているこの濁世のほうであって、わたしではないのだ。

それはそれとして、「熊蜂の飛行」、もとい、「丸花蜂の飛行」=Flight of the Bumble BeeをキーワードにしてわがHDDを検索したら、無茶苦茶に面白い異常集合を弾き出したので、つぎはそのことを書く予定なり。


EverythingでうちのHDDにあるThe Flight of the Bumble Beeを検索したら、アナーキーな結果になった。ペレス・プラードからウラディミール・ホロヴィッツまで、スパイク・ジョーンズからレオポルド・ストコフスキーまで、ホセ・フェリシアーノからジャン=ジャック・ペリーまでやっている。なんだこの並びは! こりゃ、全部並べて聴くしかない。

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