Chapter 10 「眠れぬ哉、前夜」
2017年8月14日。
あの日、俺はナゴヤから見える、あの大きな煙突を夕暮れ時に眺めていた。ただただ、じっと電車を待ちながら、これから起こる惨事についての想いを馳せていた。
水族館までは電車で20分ほどだ。考える時間はまだ割とある。その間に俺はどうやってヤマネを調理するのかを考えなくちゃならなかった。
これからのことはきっとユウキ達がなんとかやってくれるだろうと、内心甘く考えてはいたが、正直、これまでの流れから言って俺には汚れ仕事を任せてくるんじゃないだろうか。と、そんな気がして、気が気でない。
まずもって、第一になぜ水族館なのだろう。俺は行ったことも無い場所だ。まぁ、もしかしたら中が広いからとか、暗いからとか、そこまで大した理由じゃないのかもしれない。多分、この計画がモトヤの案だとしたら、きっとそのくらい好い加減なものであろう。あいつぁ、物事をよく考えて行動しねぇ輩だからな。はっきり言ってあいつは判断力があまり高くねぇ。ほっといたら訳の解らねぇことを平気で抜かしやがる。なんだか当てずっぽうな性格なんだよな。だから、俺はあまりあいつのことが好きじゃねぇ。嫌なんだ。
まぁ、そろそろ俺たちド・ブーズの仲も終わりであろう。こんなことになってしまっては以前の関係を維持することは不可能だ。共謀相手といつまでも仲良くだなんて出来ねぇもんだからなぁ… ッたく、馬鹿みてぇな話だよ。
*
しばらくして、車内のアナウンスは覇気の無い声でこう告げた。
「まもなくナゴヤ港、ナゴヤ港... まもなくナゴヤ港に到着いたします。」
遂に来てしまった、例の地に。俺たちにとっての処刑所に。
駅を降りると、外はもう夜になっていた。その人影をまるで感じない物騒な雰囲気に、寒気を感じ鳥肌が立った。
そこは殺伐とした古い港町。辺りの建物はほとんど朽ち果て、光を失った町には闇が満ちて溢れていた。
例の水族館は駅から歩いて5分ほどの距離の場所にあった。他の建物に比べると、より一層潮の香りを強く感じる建物だった。しかし、その仄かな香りを掻き消すかの如く、水族館の周りには不穏な空気が漂っていた。なんというか生者を拒絶しているような、そんな悍ましい死のオーラが辺り一面に立ち込めていたのだ。
ユウキからは裏口の扉から入れと言われていた。なので、俺は水族館の裏門へと急いだ。するとそこには小さな扉が一つあり、隙間からは僅かながらに光が漏れていた。
俺は、静かにそのドアをノックし、こう尋ねた。
「入れてくれ。」
すると、即座に
「誰だ?」
と、何者かが低い声で、静かに答えた。
「俺だ。ナガヤマだ。ほら、入れてくれ。」
「その前に、ド・ブーズの誓いを言ってもらおうか..」
「あっと、なんだっけな。」
「それが言えないのなら、帰ってもらう!」
「おいおいおい、随分と高圧的だな。仕方ねぇ、分かったよ。」
「それで、ド・ブーズの誓いは、何だ?」
ふぅ~~~
「全てが憎い。」
「よし... 良いだろう。では、入れ。」
扉は開いた。地獄への扉はついに開かれ、死神は静かに俺のことを待っていた。
つづく→