Chapter 1「地獄への環状線」
2019年 7月 11日。
モトヤはユウキを乗せ、車で名古屋から静岡まで、早朝の霧に包まれガランとした高速道路の上を、颯爽に走り抜けていた。
「いやぁ、こりゃすッげぇ霧だなぁ…」
「本当だ... モトヤ君、くれぐれも運転には気を付けてくれよ。」
「あぁ、そうだな…」
「アッ、そういえばさ、なぁ、ユウキ。今更だけどさ、なんで俺はお前をこんな田舎まで送ってかなきゃいけなかったんだっけな?」
「そんなことは言うまでもないことだよ。」
「はぁん?言うまでもねぇだって? そう、はぐらかすなよ。なんか裏があるんだろ?」
「まぁ、確かに。そういうことになるかな。」
「かな? おい、なんだよ、"かな"って。」
「多分って、ことだよ。」
「いや、そんなのは分かってるさ。とにかくさ、この行先が何処なのかぐらいは教えてくれよ。」
「それは、お前もボスからとっくに聞いてることだろう。」
「いや、そうだけどさ!俺はそれがどういう場所なのかまるで知らねぇんだよ!俺はさ、ただ目的地の住所と、この外車をボスから渡されただけで、それ以外はまるでもって知らねぇんだ。」
モトヤの唇は震えていた。
「あぁ、そうか。そういうことか。ボスの魂胆はそういうことか。」
ふむ。
「まず、なんで俺とお前なんだ?俺達の仲をなんでボスは知ってたんだ?」
「そりゃ、ボスはユミの父親だからな…」
「エッ…」
「なんだ、初耳だったのか。」
「いやいやいや!嘘でしょ!あのユミタンの父親が、ボス!!!」
「あぁ、本当だ…」
「おぉぉいい!!マジかよ!俺もうこれからボスに顔合わせらんねぇよ!どうしてくれんだよ!」
興奮のあまり、モトヤは車を危うく反対車線にまで飛び出しそうになった。
「おぉっと!モトヤ君!! 今日は安全運転で行くって言ったじゃないか!!」
「あっあ、あぁ... スマン、つい。」
「ま、気持ちはわかるが、これが君と僕の仲だろ、モトヤ君。少しは落ち着いてくれよ、頼むから」
「ハッハ、いやぁ、参った、参ったよ。通りで、俺達ド・ブーズの仲が中々切れねぇ訳だわな… ハハハ...」
「運命共同体ってやつだよ。高校時代に約束しただろ。」
「ははぁ。それが、こんなことになるなんてよ。」
「めんどくさい…、と?」
「あぁ、その通りだよ。最高にめんどくせぇよ、ホントにさ。」
そう言いながら、モトヤはウインカーを出し、高速道路から降りた。
「しかしまぁ、ユミタンも もう高3か…」
「時が経つのは速い」
「ホントだよ、早い早い。」
あっ、
「そういえば、モトヤ君。」
「ん、なんだ?」
「ア、アチワ、」
「あのアチワ君のことを、君は覚えてるかい?」
「え?誰だ?」
「ほら、あの水族館の…」
「あぁ!あの名古屋の!!」
「えぇ、そうだ、あのドブスだ。」
「あ〜、あんなヤツもいたよなぁ…懐かしき高校時代。今言われるまでスッカリ忘れてたよ。」
「で、そのアイツが何だって?」
「アイツがユミちゃんを犯した...」
キキッーー、
と音を立て、モトヤは急ブレーキを踏んだ。
突如、急停止をした車からは煙が立ち込めていた。
「??」 あまりの衝撃に言葉が出ない。
「アイツこそが、今回の僕たちの相手だよ。」
「えっえっ、つまりは、アイツが、アチワが、今回の、ターゲット...」
「そうゆうことだ。僕たちはこれから奴を狩る。」
「おいおいおい、今日は俺の知らねぇ情報ばっかで脳味噌が付いてけねぇよ...」
「お、おれはさ、掃除の仕事なんて... 聞いたことがあるくらいで、見たことなんて、一ッ度もねぇんだよ! もう、フ、ふッざけんなよ!!」
モトヤは今にも泣きそうだった。
「大丈夫だ、安心しろよ。少し落ち着こう。君は所詮はドライバー。仕事をするのは僕一人で十分だ。君は何にもしなくてもいいんだ。ほら、ちょっと外にでも出てさ、少し歩こう。」
モトヤは黙って首を縦に振り、頷いた。
そうして、二人は車を降り、先の見えぬ霧の中へと入っていった。
「はぁ… 本当にさ、大丈夫なのかよ...」
と元気無さげに答えながらも、モトヤはユウキの後を付いていった。
「しかし、アイツまじでヤベェ奴だとは思っていたが、まさかここまでとはな...」
「本物のドブスに効く薬は無い。特に心までドブスな野郎にはね。」
「ホント、もう俺はアイツが嫌いだよ、あんな疫病神には懲り懲りだ!」
「あぁ、全くだ。」
そう話しているうちに、霧の切れ目から、一軒の民家が二人の前へと現れた。
「ん?こんな変なところに、こんな家なんかあるもんなんだな。」
「あぁ、あるもんさ。ドブスの選ぶ家なんてこんなもんさ...」
「え?」
「そうだ、これが奴の家。」
奴のアジトだ。
「まさか、あそこに行くって言うんじゃないよな!」
「いや、行くさ。あの野郎には、一つ落とし前を付けて貰わなきゃいかん。あのユミちゃんの自由を奪ったやつなど、生かしてはおけないよ。」
「ほほぉん。ユウキ、おめぇさん、今度ばかりは本気だな。」
「そりゃ、相手が相手だからね。」
「たくっ、アイツは高校の時から、全てにおいて憎たらしい奴だよな。ホントに。どれだけ、俺たちの人生をぶち壊すつもりなんだよ。ホントに。」
「そうだ... 俺は、奴の、もうすべてが、あの全てが、何もかもが、」
全てが憎い。
そう言って、ユウキは左手の拳銃に、力一杯マガジンを込めたのだった。
つづく→