Chapter 2 「夢魔」 前編
「痛ッ。」
私は、下腹部に耐えがたい激痛を感じ、目を覚ました。
失禁していた。
気が付くと、そこは病室だった。
いつ、ここに来たのかは思い出せないが、昨夜のことはよく覚えている。
多分一生忘れないだろう。
はぁ… 頼むからあの出来事は夢であってほしい...
そう願った。
昨日、つまりは2019年の7月10日。私は、強姦され、全身に打撲傷を負った。
あの日、あの夜、自分があんなことになるなんて思いもしなかった。
しかも、相手が例のアイツだなんて、尚更だ。
*
あの夜、私は学校帰りに新しくできたイタリア料理店で、フクミと一緒に仲良くお茶をしていた。新しいクラスはどんな感じか、期末テストはどうするか、コイバナ、進路、いろいろ話した。
多分時間にして、4時間くらいブッ続けで話していたと思う。
お互い、話したいことが色々あると時間を忘れて話してしまうものだ。
特に、久しぶりに会った相手とは、特にね。
そんなこんなで、話しているうちにフクミの方から、こんな話を切り出された。
「さっきから誰かの視線を感じる。気のせいかもしれないけど、この前ユミと学校であった時にも感じた視線、なんだか不気味。ホント感じるのよ、何かを。」
一瞬、もしやド・ブーズ?と思ったが、もう随分と昔の話だから、多分関係無いなと、その選択肢は切り捨てた。
しかし、そのときの私は、それまで自分が付けられてるなんて考えもしていなかったし、感じてもいなかった。だからこそ、ふいにそんなことを言われると、正直言って心底怖かったし、いきなりそんなことを言い出すフクミのことを少し嫌いになった。
それに、フクミの方は何故だかやけに冷や汗をかいていて、なんだか挙動不審だった。
そして、そんなフクミの唐突な言動に私は何かの違和感を感じ、私は何も言わず静かにフクミと別れ、店を出た。
ただ、今思えば、フクミはいたってマトモだったし、正しかった。
なぜ、彼女の下からは離れてしまったのだろうと、今は後悔の念で一杯だ。
いきなりフクミとは別れてしまった。あの時の、私は少し冷静さというものを失っていた。
ちゃんとした別れを告げず、いきなり帰ってしまったこと。
自分のその自分勝手さに、モヤモヤとした罪悪感を感じていた。
さらに、帰り道の途中、私はいつの間にか財布を無くしていた。
どうやら、どこかで落としたらしい。
もしやフクミが?
と思い、フクミにLINEをしてみたが、返事は無い。
あぁ、もう、私たちの仲は、もう終わりなんだな...
そう思い、絶望感に浸りながらも、トボトボ夜道を歩いていた。
行く当てもなく、ただ真っすぐと。
そんな中、一台の大きな黒塗りの高級車が、私の前に現れた。
車の中からは、まだ若く、肌はヤケにツルンとした、黒スーツの男が現れた。
大きな二重の目、清潔感のある美しく整った髪の毛、そして、その上品な身嗜み。
すべてが、私好みだった。
「キミ、乗ってかない?」
と、男に誘われてしまった私は、自分の寂しさを紛らわすためにも、よく考えずに、その場の勢いで、思わず、
はい!
と、答えてしまった。
やってしまった。なんてことだ。
思えば、あそこで気付けばよかった。
逃げればよかった。
ただ、やはりあの状況から、私はあの男の正体に気付くことはできなかった。
顔にばかり見惚れて、真実から目を逸らしてしまっていたのだから。
正直、私はあの時あの男に対して、少し違和感を感じていた。
しかし、それを気にすることができなかった。いや、注意している暇も無かった。そんな余裕は、私の心に無かったのだ。
そう、男の正体に気付くヒントは、そこら中に在ったのだ。
特に、あの男の発する独特のダミ声と、あのツンとくる獣臭。
あの匂いを嗅いだ時、なぜか不思議と何かの懐かしさを感じ、
そして、そこに何かの居心地の良さを感じてしまっている自分がいた...
つづく→