短編 醜き男の死と性
二階堂は今日も僕の方へと振り返ってくれた。彼女の、そのパラソルのようなスカートはメリーゴーランドの様に流動的に回転し、ゆっくりとこちらへ向かってやって来る。そして、その美しさこそが僕にとっては正解だった。そこには、自然の道理、世界のあるべき姿、理想とすべきものが、そこには正しく存在していた。
二階堂 風香。世の美しさを体現したように透き通った、無垢な存在。その壊れやすさと、存在そのものの儚さを知ってしまうと、僕はとても感傷的になってしまう。このままでいたい、このままの時空を維持したい、そう言った願望が僕の心の中に刻一刻と育ってゆく。時の流れの残酷さは、時として僕を完膚無きにまで打ちのめす。いまの今まで、自分の信じていたもの全てが壊れてゆく、時と共に朽ちてゆく、歴史の底へと沈んでゆく、そんな摩訶不思議な感覚に僕はどうしても耐え凌ぐことが出来ないのだ。
しかし、いまのイマには今の現在しか無いのである。それは時間としてのいまではなく、感覚としての今こそが、人としての僕が味わうことのできる、唯一無二の現実だからだ。過去と未来は絶対的なものでは無い。場合によってはいくらでも捻じ曲げられるものである。だが、今は絶対的だ。今は嘘をつかない。ただただ、そこにあるのは地平線までも続く、圧倒的な現実なのだ。
そして今、二階堂は、僕の目と鼻の先に存在している。彼女の髪が、僕の顔へと向かって降りてくる。過去と未来の狭間から現れ出たようなその髪の毛は、キューティクルからソープの香りを漂わせ、僕の顔全体を優しく覆い尽くし、異世界にへと閉じ込める。二階堂は自らの内部にある、小さな小宇宙の中へと僕のことを導いた。それは漆黒の暗黒空間で、どこまでもどこまでも無限のような広がりを得ているようだった。
僕はその暗黒空間の中で、プカリと浮かぶアルファベットを一つ見つけた。
それは、S だった。
次に見つけたのは、U だった。
そして、その次は、
B、
E、
T、
E、
G と、次々に、まるで流星群のようにアルファベットが流れて来た。
全てを集め、並べてみると、やがてそれは一つの言葉になった。
そう、その言葉とは...