連続短編小説「阿知波」
第四回 「イルカ」
私はイルカと会話ができる。
感覚的にではなく、声を使ってだ。
いま、やろうと思えば私はイルカ語を話すことができる。
まぁ、文章で声を伝えることができないのが難だが、話せるのは事実だ。
何にせよ、イルカが人間よりも優れた頭脳を持つ動物であることは世界共通認識として見なしてよいだろう。とにかく、イルカの知能は人間の持ち合わせているものを凌駕している。常々イルカというものは、私の想像を超えてくる。
私が初めてイルカを見たのはちょうど26歳の頃だった。それまで私は動物が大の苦手で、家でペットなど飼ったことさえもなかった。そんな私が人生で初めて自分の持ち金で行った場所が『名〇✖水族館』であった。そこで過ごした一日は、まるで私にとって筆おろし体験のようだった。初めてイルカを見た時は全身に電気が走り、全身の鳥肌がゾアゾアと痺れてゆくのを感じた。あまりの美しさ、優雅さに私は気がおかしくなってしまいそうだった。
イルカのジャンプは我々人間に対しての誘惑行為である。少なくとも私にとってはそうである。イルカのジャンプほど生命力に溢れ、エロティカなものは無い。その動きに見惚れている間は、地球の全てが停止してしまったかのような長い長い深紅の宇宙へと連れ去られる。イルカには私の心を狂わせ、燃え上がらせる魔力があるのだ。そう、恋の魔力だ。
いつしか私は水族館へ毎日通うようになり、飼育員の方からも顔を覚えてもらえるようになった。イルカに会うことが私の新たな生きがいにへと変わっていった。そんなある日、私はつい我慢できず、真夜中に水族館へ忍び込んだ。そして、イルカたちに会い、恥ずかしい話だが私はイルカを使って童貞を捨てた。初夜はイルカと共に過ごした。行為を終えて、イルカは私に「貴方はドブスのままでもいいの」と言ってくれた。あれは私の人生の中でも最良の一日ともいえる時間であった。
しかし、そんな時間も長くは続かない。
その一週間後、私の身をトンデモない悲劇が襲うこととなるのだから...
その日、私はいつものように一人で家に籠り、Gガンダムをテレビで見ていた。すると宅急便が家にやって来た。とても重そうな段ボール箱を抱えていた。私はそれを受けとり、一階の台所まで運んだ。その箱からは、なんだか異様な臭いが漂っていた。
私は恐る恐るその段ボール箱を開封した。
すると、そこから出てきたのは、なんとイルカの脳味噌だった。
私は絶叫した。いや、発狂した。この世の全てに絶望した。
あの時ばかりは考えることすらできなかった。何も考えられなかった。
自分が何もすることのできなかったことに対して、途轍もない無力感を味わった。
あの日の私は、ただただ泣き叫ぶということしかできなかった。
私は私自身を憎んだ。
そして、こう思った。