短編 ドブス殺し

俺たちは「ドブス殺し」と呼ばれる特殊班だ。悪趣味な名前だとは思う。だが、これ以上に適切な名前もない。ドブス──それはとある未確認生物の呼び名だ。泥沼から這い出し、腐った臭気を漂わせながら人間の生活圏を侵略する、異形の怪物。奴らは喰らう。人間を、動物を、ありとあらゆるものを。そして喰ったものを腐らせ、その腐敗した肉体をさらに肥大化させる。

俺たちの任務はシンプルだ。奴らを殲滅する。手段は問わない。焼く、撃つ、爆破する。どんな方法でもいい。ただし一つだけルールがある。奴らを放置してはならない。一匹でも逃せば、感染のように増殖し、街一つが崩壊する。だから俺たちは戦う。息つく間もなく、迷う暇もなく。戦い続けるしかない。

「奴らを殲滅しなければ、こちらが殺られる!」

それが俺たち全員の合言葉だ。


俺がこの班に配属されたのは半年前のことだった。配属初日の朝、指揮官に呼び出され、ドブスの正体を知らされたとき、俺は笑った。あり得ない。そんなものがいるわけがないと。だが、笑いが消えたのは、その日のうちだった。

最初の任務。奴らの巣窟になった廃ビルに突入したとき、俺の目の前にいた。人間の形を模したその体は、不気味に膨れ上がり、俺たちを見下ろしていた。化け物、悪夢、地獄。どんな言葉でも表現しきれない、そんな存在だった。

初めて銃を構えた俺の手は震えていた。だが、ためらう暇はなかった。奴らは襲ってくる。肉の塊のような腕を振り回し、叫び声を上げながら。俺の隣にいた隊員が一瞬で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて絶命した。そのとき俺はようやく悟った。ためらいは死を意味する。俺は引き金を引いた。撃ち続けた。奴らの頭部を狙い、何発も何発も。ようやく一匹が倒れたとき、俺の耳には自分の心臓の音だけが響いていた。


そして、俺が上司の阿知波さんに出会ったのは、俺が配属されてから3か月ほど経った頃だった。噂には聞いていた。「阿知波は異常だ」「あいつは人間じゃない」――そんな話ばかりだった。ドブス殺しの隊員たちが忌み嫌うその男。だが、初めて会ったときの印象は意外だった。

「君かい?新人は」
高く穏やかな声でそう言った彼の顔には、人間らしい柔和さがあった。だが、その瞳には奇妙な光が宿っていた。まるで、俺たちの見ているものとは別の世界を見ているような。

阿知波さんは異能の持ち主だ。いや、正確に言えば「半ドブス化」した人間だ。彼は自らドブスを喰らい、その力を体内に吸収して戦う術を得た。だが、その代償として、彼自身の体は徐々にドブスに近づきつつある。肌の一部は黒くただれ、目にはドブス特有の赤い輝きが滲んでいた。

初めてその事実を聞いたとき、俺は嫌悪感を抱いた。「化け物を喰うなんて、正気じゃない」と思った。だが、阿知波さんはそんな俺の反応を見透かしたように笑った。

「化け物を憎むなら、自分の中に取り込め。そうすれば、本当は何が憎いのかが見えてくる」


それから俺は彼と行動を共にすることになった。彼の戦い方は異常だった。近接戦闘でドブスに飛び込み、鋭い牙を持つようなその腕で奴らの肉を引き裂き、その肉を口に運ぶ。奴らが放つ腐臭を気にする様子もなく、淡々と喰らう姿を見て、俺は恐怖と嫌悪に震えた。だが、同時に彼の力の異常さに惹かれる自分がいたのも事実だ。阿知波さんの戦場では、他の隊員が必要ないほど、圧倒的な力で奴らを殲滅していった。

ある日、任務後の静けさの中で、阿知波さんがぽつりと言った。

「君は、何が憎い?」

「何がって……ドブスが憎いに決まってるじゃないですか」

俺がそう答えると、彼は首を横に振った。
「それは表面だけだ」と。

「ドブスを憎むのは簡単だ。でも、それだけじゃない。君が本当に憎んでいるのは、もっと深いものだ。自分の弱さ、無力さ、社会の理不尽さ、そして他人に見透かされる恐怖だ。すべてが絡み合って、君の中に憎悪という名の怪物を生んでいる」

彼の言葉に俺は反論できなかった。言われた通りだと感じたからだ。俺が本当に憎んでいるもの。それはドブスという形をした何かを通して浮き彫りになった、俺自身の闇だった。


その日、俺は彼に問うた。
「なぜ、そこまでして戦うんですか?」

彼はしばらく黙っていたが、やがて一言だけ答えた。

「全てが憎い!」

その言葉は重かった。そして、その瞬間、俺は理解した。俺もまた、同じなのだと。ドブスを倒すこと。それはただの手段であって、俺の戦いの本質はもっと深いところにある。


阿知波さんと共に戦う日々の中で、俺は少しずつ変わり始めていた。憎悪を押し殺すこともできず、それを受け入れることもできない自分。その中途半端な自分を乗り越えるために、俺もまた、ドブスを喰らう覚悟をしなければならないのかもしれない。

だが、その道を進むことが正しいのかどうかは分からない。ただ分かるのは、阿知波さんが言った通り、俺たちは戦うしかないということだ。

すべてを憎む。その感情が俺の原動力なのだから。


いいなと思ったら応援しよう!