短編 ドブッス・トレイン
阿知波正雄。
彼は駅のホームでのテロ被害の現場に雇われたナースだ。
現場は悲惨だった。
酷い人では足を切断することになった人もいた。
そんな中、テロの犯人と思われる男が、隣で停車していた新幹線に乗り込んだ。
「なによ、あれ」
そう言って、阿知波は急いで新幹線に乗り移った。
それはテロの犯人を捕まえるため。
阿知波の孤独な戦いが今、火蓋が切って落とされた!
阿知波は走って乗客室に入った。
汗はだくだく流れ、息は上がり、横から見ると、それはキモ人間とも見れる醜さだった。
阿知波は自身のその姿にショックを受け、化粧室へと駆け込んだ。
「今は犯人優先かもしれないけど、もっとメイクちゃんとしなきゃ」
化粧室で鏡を見たとき、自身のひげが伸びていることに気が付いたが、メイクとリップだけで済まし、犯人捜しの方へと精を出した。
しばらくして、阿知波は明らかに犯人と思える人を発見した。
黒い帽子を被って顔を隠しているが、あのコバエが湧きそうな不潔な縮れ毛は、あの犯人野郎以外ありれない。
そう、思った阿知波は、その縮毛男の手を握った。
「あんた、さっきのテロの犯人でしょ~!!」
大きな声を挙げた。久しぶりの大声に声が裏返った。
「え?」
「え、じゃないわよ!こっち来なさいよ!」
「いや、テロってなんのことだよ、おっさん」
「え?」
「え。じゃねぇよ。息くせぇよ、おっさん。」
「え、じゃあ今までのは、全部…」
「なんのことだよ、このドブス野郎。」
*
はい、カットぉ!!!
(突然、新幹線の壁が壊れ、背後にある舞台が現れた)
(白衣の医者が現れ、独白をし始める)
阿知波 正雄は、私が担当している精神疾患を持つ患者です。
自身がナースだということも、テロが起こったということも全てが、彼の妄想だ。
彼の妄想はあまりにリアルなので、こちらも騙されそうになるが、諸君、安心したまえ、全部嘘だ。
全部嘘だと最初から分かっていれば、案ずることは無い。
(阿知波は、椅子に座らされキョトンとしている)
我々は、時として彼の想像力豊かな妄想に舌を巻いてしまうことも多々ある。
今日皆さんが目撃した出来事もそうでしょう。
見事に彼の作り出す世界観に、思わず導かれそうになったでしょう。
いいんです、みんな初めはそうですから。
だんだんと、どこまでが妄想で、どこからか真実かわかるようになりますよ。
じゃね、正雄くん、そろそろ戻ろうか?
(汗だくの阿知波は、困惑した顔で舞台から降りた)
そして、阿知波はこう答えた。